月のない夜に青く溺れて ~彼は本能以上の愛で彼女を包む~
 5月のその晩、鎌倉の海はなんの予兆も見せずにただ波を浜に寄せていた。
 ほど近くに立てられたホテルでは、開業パーティーが行われていた。
 スーツやドレスを身にまとったその多くはアルファだった。赤い絨毯も白い壁も金の装飾も豪華さとしては記号的だが、彼らの虚栄心や自尊心を満足させるには充分な装飾になっていた。
 入場した瞬間、暁月華凛(あかつきかりん)はため息をついた。
「どうしたの?」
 婚約者の霧生晟也(きりゅうせいや)が優しくたずねる。
「見ただけで疲れちゃった」
 会場には多くの人がいた。財界の著名人や芸能人、画家や作家など様々な人が入り乱れている。
 華凛も晟也も、ともに社長だ。つきあいでこのパーティーに参加していた。
 2人の親はそれぞれ大会社を経営しており、2人自身も傘下の会社の社長であった。
 華凛が親から任された会社はファミレスをチェーン展開している。親会社は各種飲食業を経営しており、居酒屋も高級ラインのレストランもある。
 華凛と晟也はそれぞれの知人に挨拶を済ませ、合流した。
「すごい人ね」
 シャンパングラスを手に、華凛はつぶやく。
「今日はオメガの星がくるからいつもより人が多いみたいだよ。みんな興味津々だ。君はどう、姫君」
 晟也が声音にからかいをのせる。
「姫君ってやめて」
 口を尖らせると、彼はくすくすと笑った。
「昔は喜んでくれたのに」
「もう私は25歳、あなたは27歳よ」
 彼とは幼馴染だ。
 彼も彼女もアルファとして生まれた。
 お互いの両親はそれぞれが大会社を経営しており、幼いころから仲の良い2人は自然、婚約者となった。
「アルファが多いのに、何かあって襲われたらって怖くならないのかしら」
 華凛はまたため息をついた。
「社長なら付き合いも大切だし、交流を広げるのも仕事だからね。わかってるでしょ、華凛社長」
「わかってるわよ、晟也社長」
 晟也のからかう口調に華凛が返し、2人でくすくす笑った。
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