月のない夜に青く溺れて ~彼は本能以上の愛で彼女を包む~
「でも早く帰りたいわ」
 彼女はこぼす。
「せっかく素敵なドレスを着て来たのに」
 彼女のドレスは薄い水色のミモレ丈ワンピースだ。裾には波をイメージした刺繍がされている。ところどころに銀糸が使われていて、控えめに光を反射してきらめく。海を意識したドレスだった。彼女の長い黒髪には同色の髪飾りがつけられていた。
 婚約者の彼はオーソドックスにネイビーのスーツだった。甘い顔立ちの爽やかな彼にとても似合っていた。
「窮屈なだけよ。はやく着替えたい」
「一通り挨拶したし、帰ろうか」
「良かった。本当のこと言うと、オメガの男の人って怖くって会いたくないの」
「俺はちょっと興味あるな、オメガの星、鳳城朔(ほうじょうさく)。俺と同い年だ。彼ならオメガでもいいって言う女性も多いってさ」
 鳳城朔はITで起業してからあっという間に日本を席巻し、トップに上り詰めた新進気鋭の青年だ。
 彼が世間を賑わしているのは、その手腕だけではない。
 彼がオメガだからだ。
 この世界には第1の性別である男女に加えて第2の性、アルファ、ベータ、オメガがある。合計6つの性があるのだ。
 アルファは各方面に優秀で数が少なく、ベータがもっとも一般的で数が多い。人口の9割がベータだ。オメガは数が少なく、アルファと同程度。その知能や体力などは平均より劣ると言われている。能力が劣る、フェロモンで人をダメにする、そう言われてオメガは差別的に見られることが多々ある。
 そのオメガであるにも関わらず、才能を発揮してアルファに劣らず手を広げている。
 ゆえに、オメガの星と呼ばれている。
 彼は素直に感心しているようだが、華凛は気が気ではない。
 オメガにはヒートがあるからだ。
 年に四回ほど「ヒート」と呼ばれる発情期があり、その期間は強いフェロモンを出す。それによってアルファをひきつける。ひきつけられたアルファは本位ではない性交渉をおこなってしまうことも多々あるという。男でも女でも関係なく、アルファであればひきつけられる。
 だからアルファである華凛はそれが怖い。
「晟也もアルファなのに」
「予防薬、飲んできたよ。君も飲んだだろ? オメガ本人だって抑制薬を飲んでるし、そもそもヒート中には外出しないだろう。自分の身も危なくなるんだから」
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