最後に瞳に映るのは~呪われた王子と運命の乙女~

8.だいすきでした

 あなたはわたし。
 わたしは、あなた。
 これからも、ずっと、一緒。

 アズラク様が他の女の人を抱くのはあんまり嬉しくはないけれど、その時も一緒に居られるのならば、それでもいい気がしてきた。

「ネージュ、やめろ……やめてくれ」

 いつも精悍な顔立ちが、まるで迷子の子供のように歪む。

「お前を殺さなくていい方法を、考えるから。だからっ!」

 わたしがここにいたら、アズラク様はきっと『運命の乙女』を探すことはできない。義理立てして、他の女を侍らせることはしないからだ。

 そして、わたしを殺してしまったアズラク様が正気ではいられないことも分かっていた。

「ネージュ、俺は、お前のことをっ!!」

 アズラク様は、寝台から這うようにしてわたしに寄ってくる。額に浮いた玉のような汗。今もわたしを切り裂いてしまいたい衝動と戦っているのだろう。

「知っていましたよ」

 神様なのか悪魔なのか、はたまた魔女なのか。わたしには分からないけれど。
 残酷で意地の悪い“あなた”にこれだけは一つ感謝をしておこう。

 どんなに愛の言葉を囁かれても、高価な贈り物をもらっても。そこに心は見えないから。みんなほんとうなのかと迷って、不安になる。
 やわらかな宝物のような気持ちを、試して、確かめて、その度に細かな傷がついてその愛はすり減っていく。

 けれど、わたしは違う。

 抱き締めるその腕も。何度も名前を呼んでくれたその声も。
 そして、何よりその殺意が、わたしを愛していると教えてくれた。
 疑う余地もない人の愛を、こんなにも知ることができたという意味で、わたしは幸せだったのだろう。

「わたしも同じ気持ちです」

 絶対に知ることはないと思っていた愛し愛される喜びを、全部彼がくれた。

 だから、今度はそれをちゃんとアズラク様に返したいと思う。『運命の乙女』ではないわたしが、彼にしてあげられることはもう、これくらいだろう。

 重たい剣を抜く。本当は誰の血も吸っていなかった剣は、蝋燭の火に銀色の輝きを放つ。

 首元に当てた剣はひやりとしていた。

「ネージュ、いやだ。俺は……ネージュ!!」

 青い瞳から、透明な雫が零れる。飲み干してしまいたいほど、きれいな涙だった。
 泣かないでと思うのと同じくらい、もっと見ていたいと思う。

 わたしは、アズラク様に出会えてよかった。

「次はきっと、運命に出会えますように」

 剣を一直線に横に引き抜く。
 最後にこんなきれいなものが見られるなら、何も悪くない。

 だいすきでした。

 そう思ったところで、わたしの意識はぷつりと途切れた。
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