教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!
 奥から見知った声が聞こえたので視線をやると、サミュが歩いて来ていた。

「お前たち、訓練はどうした?」

 集まった団員たちに気付いたイザークは、冷ややかな表情になる。その瞬間、空気が冷えたように団員たちがぴゃっと肩をすくめた。

「団長だって仕事中なのに奥さんに会いに来てるでしょ」
「む……」

 冷えた空気にも臆さず、サミュが屈託のない笑顔で言うと、イザークも言い返せない。

「それに、その良い匂い、みんな気になってます」

 サミュがエレノアの持ったバスケットを指差して、ニカッと笑った。

「あ……、よかったらいっぱい焼いたので皆さんも……」

 エレノアが思わずバスケットをサミュに差し出して見せれば、サミュは「良いんですか?!」と顔を明るくさせ、逆にイザークの表情が暗くなった。

「だ、大丈夫ですよ。疲労をちょこっと取るくらいなので、誰も聖女の力には気付かないと思います」
「……それは心配していない」

 暗い表情のイザークにエレノアがコソッと耳打ちすれば、イザークはため息を吐いた。

(あれ? 違った?)

 てっきり聖女の力がこもったクッキーを大々的に振る舞って、もしどこかにバレたらどうするんだ、というお叱りかと思えば、イザークの気がかりは別にあったらしい。

「エマに教わりながら作ったので、味も大丈夫ですよ?」
「……それも心配していない」

 どうやらまた違ったらしい。

「イザーク様、まだまだですね」
「……うるさい」

 隣で会話を聞いていたエマがイザークに苦言を呈すれば、イザークはまたため息を吐いた。

「????」

 何がいけなかったのか、首を傾げるエレノアに、イザークは眉尻を下げて笑った。

「いや、俺の器が小さいだけだ。気にしないで欲しい」
「????」

 エレノアが増々首を傾げていると、騎士たちからは「美味しい!」「染み渡る!」といった歓声が聞こえてきた。

 いつの間にかバスケットはエレノアの手を離れていた。サミュに差し出した時に受け取られ、いつの間にか騎士たちの間を回されていたらしい。

「可愛らしい形ですね」

 苺の形のクッキーを手に、受付の騎士が微笑む。

「俺もっ!」

 サミュがバスケットに駆け寄り、手を突っ込む。

「これ……」

 サミュが掴んだのはハートの形のクッキーだった。

(わ、忘れてた!! 恥ずかしいから確かハートは3枚だけにして奥底に隠したはずなのに!!)

「エレノア……?」

 イザークからの視線に恥ずかしくなり、エレノアは顔を真っ赤にしながらも目線を逸してしまう。

 ひゅ〜う! 

 瞬間、騎士たちの間から口笛が鳴ったかと思うと、どっ、と歓声が起こった。

「いやー、お熱い!!」
「団長羨ましいー!」

 その間にもバスケットは騎士たちの間をくるくる回っている。

 サミュもニコニコしながらクッキーを口にしようとすると、イザークがハッとして叫んだ。

「待て! それは食べるな!! その形のは俺が全部回収する!」

 急いで回収し始めたイザークに、皆楽しそうにブーイングをした。

「皆、団長命令だぞー」

 サミュも面白そうにそう告げると、騎士たちはやれやれ、とバスケットを差し出した。どうやらハートを引いたのはまだサミュだけだったらしい。

 バスケットを手にし、満足そうな顔をするイザークに、騎士たちは目を丸くしながらも、また笑った。

 その温かい光景に、エレノアも遠巻きで微笑むのだった。
< 72 / 126 >

この作品をシェア

pagetop