教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!
 エミリアが合図すると、グランから彼女に紙とペンが渡された。ひらり、とエレノアの前にそれが置かれる。

 離婚届の用紙だった。

「あなたみたいなのが側にいるとイザーク様が不幸になりますわ」

 グランに無理矢理ペンを握らされたエレノアは、悲しみに頭が支配されて何も考えられなかった。ぼんやりとその用紙にサインをしようとした時、騒がしい声が温室の外から聞こえてきた。

「お待ちください!! いくら公爵家の方だろうと」
「うるさい! ここに私の妻がいることはわかっているんだ!」

 バーンズ侯爵家の執事に制止されながらも温室に入って来たのはイザークだった。

「エレノア!!」
「ザーク……様?」

 目からは涙、手からは血を流すエレノアに、イザークの表情が一気に怒りに変わる。

「まああ、イザーク様! 我が家にお越しいただけるなんて……! 父も喜びますわ。でも、いらっしゃるなら事前に言っていただかないと、綺麗に着飾ることも出来ませんわ」

 イザークの怒りにも空気を読まないエミリアは、恍惚とした表情でイザークだけを見つめて声をあげた。

「ザーク様、どうして……」
「エマから連絡があった。護衛が付いていながらすまない」

 エミリアには気にもとめず、イザークは真っ直ぐにエレノアに駆け寄った。付き添ってくれていた護衛は後ろで青い顔をしている。

「ザーク様、この温室は外から様子が見えないように魔法がかかっているそうなのです。だから護衛さんを責めないでください。彼だって侯爵家の温室に踏み入るなんて強硬出来ないでしょう?」

 先程怖い顔をしていたイザークは、エレノアに優しい瞳を向けている。でも護衛が責任を問われそうな勢いだったので、エレノアはイザークに必死に説明した。

「まったく、君は……」

 困ったように微笑んだイザークは、騎士服の胸ポケットからハンカチを取り出すと、エレノアの手をそっと包んでくれた。そして自身の袖でエレノアの涙を拭う。

「無事で良かった……」

 安堵から漏れるイザークの笑顔に、エレノアは胸が締めつけられる。

「イザーク様!! そんな下賤な女に騙されないでください!」
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