こわれたおんな
請われた女

1.

「頼む……もう許してくれ……」

 女は自分の身体の下で震える男を見据えた。その喉元には自分が突きつけた刃が昏く輝いている。窓から差し込む月光のせいだ。
 刃はそのままに、女は静かに男に問いかけた。

「貴方は、何を許してほしいのですか?」



 男はこの一帯を治める貴族だ。父親の逝去に伴い若くして領主となった男は、屋敷に忍びこんだ強盗により両親を喪った遠縁の娘を引き取り『妹』として遇した。
 美しく育った妹には成人が近くなるといくつも縁談が舞い込んだが、男はそれを全て断った。強盗により妹は傷物にされてしまった、という理由はたちまち社交界に知れ渡り、それ以降妹への縁談は全くなくなった。
 それから三年が経った昨年、妹を娶りたいという者が現れた。
 高位貴族であるその青年は以前にも縁談を申し込んでいた。一度は断られたもののどうしても妹を諦めきれなかった青年は事情を理解した上で渋る自分の両親を説き伏せ、再び求婚をしてきたのだ。
 社交界の重鎮が青年の心の美しさを褒め称えたことで二人の縁組について陰口を叩くものはいなくなった。男は青年に感謝し、嫁ぎ先に相応しい立派な嫁入り支度を整えようとした。
 そのために男が取った手段は民への増税だった。負担を増やされたところに不作が重なり、何人もの民が冬を越せずに命を落とした。
 女は男を許せなかった。
 だから、男を殺そうと決めた。
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