宝来撫子はマリッジブルー
第十話 邪魔者
◯週末の夜。食事会に行くために、撫子は自室から出て来る。
廊下では宗一が待っていて、不機嫌そうな表情。
宗一「いいか、撫子。拓磨さんに失礼のないようにな」
撫子「……約束はできません」
宗一「これは約束じゃない。絶対なんだ。命令だと思ってくれてかまわない」
撫子も不機嫌な顔になって、宗一を睨む。
◯街で有名な旅亭。
どっしりとした店構えで、いかにも老舗だと思わせる佇まい。
門をくぐり、店の玄関までの小道の脇には等間隔で提灯の灯りがぽつぽつと辺りを照らしている。
宗一「撫子、お前は何も言わずにただ頷いていればいいからな」
撫子「……」
◯通された部屋は、庭に面した角部屋の和室。
既に来ていた拓磨が立ち上がり、宗一に向かってお辞儀する。
拓磨「こんばんは。お越しいただき、感謝致します」
宗一「お招きいただき、ありがとうございます。撫子も楽しみにしていました」
撫子「……」
〈ぶすっとしていて、そっぽを向いている〉
拓磨〈撫子を見て、表情ひとつ変えずに〉
「そんなにふくれっ面だと、せっかくの美人が台無しですよ」
撫子〈拓磨を睨んで〉「大きなお世話です」
宗一「撫子!」
拓磨「はははっ!別に構いません。さぁ、食べましょう」
拓磨が座椅子に座り、向かい合うように宗一も腰をおろす。
その時、宗一は杖を座椅子の隣に置く。
宗一の隣に撫子も座る。
拓磨「撫子さん、我が家の結婚式は代々、神前結婚式なんです。花嫁衣装など、早々に決めてもらいたいんですよ」
撫子「は?」
拓磨「懇意にしている反物屋があるんです。近々、あなたをお連れしたいんですよ」
宗一「良かったじゃないか、撫子。是非、よろしくお願いしますよ。拓磨さん」
撫子「……」
撫子(タイムリミットは迫ってきているのね)
(本当の気持ち、きちんと言わなくちゃ)
(この話が現実になってしまうわ)
撫子「あ、あの」
宗一「……撫子、お前はいいから、黙っていなさい」
〈たしなめるように、チラッと撫子に視線を送る〉
拓磨「何ですか?是非聞きたいです」
〈挑発するような目で、撫子を見る〉
撫子はふぅっと息を吐き、ふたりを交互に見つめる。
撫子「この結婚話、なかったことにしていただきたいわ」
宗一はカッと目を見開いて、「撫子!」と大声を出す。
撫子〈その大声にビクッとしてしまうけれど、自分を奮い立たせるようにひざの上で両手を握って〉
「婚約破棄したいんですっ!」
宗一「何を今更っ!撫子っ、わがままはよしなさい!」
撫子「今更?おじいちゃまには話したはずよ。ここにいる拓磨さんにも、伝えたわ!!ふたりとも聞く耳を持ってくれなかったけれど!」
宗一「……っ!!」
撫子「それにわがままだなんて言わせない!はじめから言っていたはずよ、私は大学に行きたいって!受験したいって!」
テーブルの上にある、湯呑みに入った緑茶をひと口飲む拓磨。
その湯呑みをカンッと音を立てて、乱暴にテーブルに置く。
撫子「……っ!」
〈驚いて、ビクッと肩を震わす〉
拓磨「ほんっとうに、あなたにはガッカリですよ。撫子さん」
撫子「あら、奇遇ですね」
〈拓磨をまっすぐに見つめる〉
「私だってガッカリしています、あなたに!!」
宗一「撫子っ!!」
拓磨「良いんですよ、僕が悪いんです」
撫子「は?」
拓磨「ほんの少しでも、あなたに期待した僕が悪い。……もう少し、賢い人間だと思っていましたよ」
撫子「はぁっ!?」
撫子を睨むように見つめてから、宗一に向き直る拓磨。
拓磨「宝来さん、僕には二つ、許せないことがあるんです」
宗一「……っ」
拓磨〈ニッコリ微笑んで、指を折りつつ〉
「手に入らないこと、見下されること」
宗一は真っ青な顔になる。
そして撫子を見て、「この馬鹿者っ!」と、怒鳴り出す。
撫子は目を見開いて、宗一を見る。
宗一「お、お前はっ!何もわかっちゃいないんだ!!何が婚約破棄だ!何が大学だっ!!」
撫子「……っ!」
宗一「私の言う通りにしていれば、いつか絶対に感謝することになる!なぜかわかるか?」
宗一は怒りで顔が真っ赤になっている。
宗一「それがお前にとっての幸せだからだ!!お前にとっての、最大の幸運だからだ!!」
撫子の眉間にシワが深く刻まれる。
撫子「そうは思わない。決めつけないでほしいわ!」
宗一「そうは思わない?お前の考えなんて、どうでもいいんだっ!!」
撫子「本気で言っているの!?」
宗一「もうお前は黙っていなさいっ!!」
宗一と睨み合う撫子。
そんな撫子をじっと見つめて、拓磨は「はははっ」と笑い始める。
撫子「!?」
拓磨「ははははははっ!!何なんだ、これは茶番か?」
宗一と撫子が拓磨を見る。
拓磨は本当に可笑しそうに笑っている。
宗一「……あの、拓磨さん?」
拓磨は「ふぅっ」と息を吐く。
拓磨「……邪魔なんだよなぁ、柊 紡が」
撫子は全身の毛が逆立つように、ぞわっとする。
宗一「柊?」
拓磨「はい。その男が原因なんですよ。そもそも、宝来さんはご存知ですか?撫子さんがアルバイトをしていることを」
宗一「えっ?」
撫子「……っ!!」
拓磨「そのアルバイト先にいる柊と、仲が良いんですよね?一緒に休憩時間を過ごして、バイト終わりに星空を眺める仲なんだそうですよ」
宗一「!?」
撫子をねっとりと睨む宗一。
宗一「以前言っていたお前の事情というのは、その男か」
〈低く、静かに言う〉
撫子「ち、違うっ!違いますっ!!」
撫子(いけない!!)
(柊くんへの気持ちがバレたら)
(柊くんが、潰される!!)
拓磨「……撫子さん」
〈ニヤリと笑う〉
拓磨を見る撫子。
その冷たい笑顔にゾッとする。
拓磨「どうなるか、あなたはわかっていますよね?」
撫子は真っ青な顔で、ぶるっと震える。