宝来撫子はマリッジブルー
第二話 カフェ
◯翌日の月曜日の朝。
撫子の通う、私立R女子学園高等部。
古くからお嬢様学校として有名で、敷地も広く、伝統的で美しい校舎が並ぶ。
三年F組の教室で、撫子は自分の席に座り、机に突っ伏している。
そこへ教室に入って来た撫子の友人、三条 麗華が、撫子の様子に気づき、心配そうに近寄って来る。
麗華はふんわりした雰囲気で、今日も長いふわふわのくせっ毛を緩めの三つ編みにしている。
麗華「なぁこちゃん、どうしたの?元気ないのね」
撫子「麗華ちゃん、私は今、ブルーなのよ」
麗華「……ブ、ブルー?」
昨日にあったことを、かくかくしかじかと、麗華に話した撫子。
麗華「うっそ。今時、そんなこと言う人いるの!?勉強の機会を奪って、結婚して相手を支えろって!?本当に!?」
撫子「いたのよ!!コンプラ的にレッドカードよ!!マジでどうかしているわ!」
麗華「信じられない……」
撫子「だから今、私、絶賛マリッジブルーってわけなの。わかってもらえるかしら、この絶望感!!」
麗華〈何度も大きく頷きつつ〉「それは大変だね、なぁこちゃん!!」
「でも……」と、麗華は斜め上に視線を持っていき、「公園の彼は、素敵な人っぽいね?」と、撫子を見る。
撫子は少し頬を染めてから、ため息を吐く。
撫子「……また会いたいって言ったら、ダメなのかしら?」
麗華「!」
撫子「仮にも婚約者がいる身で、私ったら、最悪よね?」
麗華〈首を振りつつ〉「そんなことないよぅ、なぁこちゃんは最悪なんかじゃないよぅ」
撫子〈力無く笑って〉「ありがとう、麗華ちゃん」
麗華が何かを決意した表情で、「よしっ!」と、両手を合わせる。
麗華「なぁこちゃん!!気分転換しようよ」
撫子「え?」
麗華「放課後、私に時間をくださいな!」
◯その日の放課後の教室。
撫子と麗華はそれぞれスマートフォンを持って、家の者に連絡のメッセージを送っている。
撫子(えぇっと、『麗華ちゃんと街に出て遊ぶので、お迎えはまだいいです。帰宅したくなったらまた呼びます』……と。これで伝わるよね?)
麗華「連絡は済んだ?なぁこちゃん」
麗華に振り返り、頷いた撫子。
ふたりで教室を出る。
◯街の繁華街にある、チェーン店のカフェ。
高校生や大学生などのカップルがテーブルに着いておしゃべりを楽しみながら、コーヒーやカフェラテなどを飲んでいる。
注文カウンターの前は、行列が出来るくらいに混んでいる。
撫子と麗華は注文が終わり、それぞれ飲み物を持って注文カウンターに近い、窓際の席に座る。
撫子「美味しそうねっ!なんだか家の者がいないっていうだけで、ワクワクしちゃう」
麗華「こんな所に普段、私達だけで来ないものね」
撫子「ねぇ、麗華ちゃんは何にしたの?私、ココアラテにしたの。ホイップ添えにしちゃった!」
撫子と麗華は嬉しそうに、それぞれの飲み物を飲んでおしゃべりを楽しむ。
ふいに注文カウンターに並んでいる行列からため息やざわめきが聞こえてくる。
撫子「何かしら」
見てみると、老夫婦が注文カウンターの前で困ったように頭を掻いていた。
おじいさん「えっと……?ど、どれがいいんだろう?」
おばあさん「いっぱいあり過ぎて、よくわからないわねぇ。困ったわぁ」
次第に行列に並ぶ人々は、苛立ってくる。
店員は懸命に説明しているが、老夫婦には伝わらないらしく、時間ばかりが過ぎる。
撫子は思わず、見て見ぬふりしてしまう。
撫子(関わってしまったら、きっと面倒なことになるわ)
その時、老夫婦の後ろに立っていた、どこかの高校の制服を着た男子が、老夫婦に声をかける。
男子「あの、大丈夫ですか?」
その男子を見て、撫子は思わず「あっ!」と声を出してしまう。
麗華「どうしたの、なぁこちゃん」
撫子〈目を大きくしたまま、でも小声で〉「麗華ちゃん、あの人、公園で会った彼だわ」
麗華「……えっ!?」
〈大きな声に自分で驚き、キョロキョロしつつ、両手で口を覆う〉
おじいさん「あ……、すみません。よくわからなくて。ただ、コーヒーが飲みたいだけなんだけど」
おばあさん「もう諦めて、お店から出ましょうよ。みなさんに迷惑だもの」
老夫婦が頭を下げて、注文カウンターから離れる。
男子は店員さんにメニュー表を借りて、行列から抜けて老夫婦を追いかけ、店内の隅で話しかけた。
撫子は気になって耳に手を当て、男子と老夫婦の会話に集中する。
男子「あの、コーヒーの種類はたくさんあるんですが、(メニュー表を指差しながら)ここからここまでがコーヒーで、オレがよく頼むのはこのコーヒーです」
おじいさん「ご親切にすみません」
男子「トッピングとかも色々ありますけど、ミルクとかお砂糖くらいでいいなら……」
男子の丁寧な説明に、老夫婦は嬉しそうに頷いている。
撫子はそんな様子を見て、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
撫子(やっぱり優しい人)
(私なんて、見て見ぬふりをしようとしたのに)
男子が説明を終えると、老夫婦は嬉しそうに頭を下げて「ありがとう」と言う。
男子「じゃあ、あの、オレはこれで」
男子は爽やかな笑顔を見せて頭を下げ、列には戻らず、店内から出て行った。
撫子(えっ!?)
麗華も見ていたらしく、「あの人、注文しなくていいのかな?」と、呟いている。
そわそわしてくる撫子。
こんな気持ちは初めてだから、よくわからない。
でも、あの男子を追いかけて、どこの誰なのか知りたい気持ちが胸いっぱいに膨らむ。
麗華「なぁこちゃん?」
撫子「……麗華ちゃん、ごめん!!」
麗華「え?」
撫子「私、彼を追いかけてくる!!!」
麗華「えぇっ!?」
カフェから出る撫子。
キョロキョロと左右を見て、彼を探す。
撫子(どっちに行ったのかしら)
(えぇい、こうなったら直感よ!!)
撫子は街の中を走り出す。
とりあえず、人が多い右手の道に進む。
走りながら、心の中で念じる撫子。
撫子(お願い、もう一度、私の前に現れて!!)
(自分でもどうしてなのかわからない)
(だけど、どうしても、また会いたいの)
(心から感動したから)
(尊敬したから)
走っていると、男子と同じ制服を着た後ろ姿を見つける。
撫子は「ねぇ!」と、声をかける。
振り返ったその人は違う人物で、がっかりした気持ちを隠せない撫子。
その時。
その人の向こうで、見つけた。
きっと、間違いじゃない。
撫子(あの男子だわ……!)
高鳴る胸を抑えつつ、撫子は男子に近づいた。