宝来撫子はマリッジブルー
第三話 そばにいるくらい

◯街の商店街の中にあるスーパーマーケット「ぜんきち」の前。

年季の入った外観だけど、主婦と見られる女性を中心に、様々な人達が買い物をしている。

その「ぜんきち」の裏口に向かっていく男子。



撫子(あの人、裏口から入っていったわ)

(ここで働いているのかしら)



意を決して入店する撫子。

出入り口付近には、カラフルな果物が並んでいる。



撫子(……わぁっ!)



目を輝かせて、店内をキョロキョロする撫子。



撫子(スーパーマーケットに、初めて来たわ!!なんてカラフルなの。なんて明るいの)



撫子は感動した表情で、店内をウロウロする。

店内に流れる、「ぜんきち」のテーマソングに耳を傾ける。

撫子「軽快なリズムの音楽が流れているのね!!素敵」〈うっとりした表情でひとりごと〉



すると、エプロンを付けた店員が背後から撫子に声をかける。



店員「何かお探しですか?」

撫子〈振り返りつつ〉「あ、ごめんなさい。珍しくて……」



店員の顔を見て、撫子は固まる。

その店員は先程カフェにいた、まさに自分が追いかけてきた公園で会った男子だったからだった。



撫子「あ、あなた……!」

男子「えっ、あの……?」



撫子(どうしよう、追いかけてきたなんて言いづらい)

(それに、何て言うの?)

(「あなたのことを知りたくて追いかけて来ました」?)

(やだっ!気持ち悪がられそう!!)



黙って百面相のように表情をコロコロ変える撫子。

それを心配そうに見ている男子。



男子「だ、大丈夫ですか?」



撫子(やだ、本当に優しい!!)



不意に胸の奥がキュンと鳴る撫子。



撫子〈その胸のときめきに戸惑ったような表情で〉「えっ……?」



男子「あの、体調が悪いんですか?」



男子が撫子に一歩近づく。

それだけで撫子の心臓が、ドキンッと跳ねる。

俯き、制服の上から心臓をおさえる仕草をする撫子。



撫子(ダメよ、撫子!!)

(私には、胸くそ悪くてクソしょーもない婚約者がいるじゃない!!)

(好きになっちゃ、ダメ!!!)



顔を上げると、男子のエプロンに付けてある名札が目に入る。



『レジチェッカー (ひいらぎ)



撫子「ひ、柊……?」

柊「はい、柊です」



撫子はうっとりした様子で、(素敵な名前っ!!)と、思う。

そして自分に言い聞かすように、(名前を知れただけで、充分よ)とも思う。



撫子(そうでしょう?撫子)



撫子「ご親切にありがとうございました。柊くん」

柊「え?」

撫子「あ、そうだわ。何か飲み物を買って帰るわ!飲料水が置いてあるコーナーって近いかしら」

柊〈訳がわからない表情をしつつ〉「あの、この棚の裏になります。ご案内しましょうか?」



他の女性店員〈柊の背後から〉「柊くん、レジ行って!お客様、私がご案内致します」



撫子に頭を下げつつ、柊はレジカウンターに向かう。



撫子は残念そうに、(あら……、行ってしまったわ)と、思う。



女性店員に連れられて、飲料水のコーナーに辿り着いた撫子。



撫子(そういえば私、彼に名乗ってもいないわ)



女性店員〈撫子に頭を下げて〉「ごゆっくりお買い物をお楽しみください」と、去って行く。

その背中を視線で追う撫子は、偶然、壁に貼ってある紙に書いてある『急募!!』の文字に目が止まる。

おそるおそる、壁に近づく撫子。



『急募!!

スーパーマーケット「ぜんきち」で一緒に働きませんか!?

未経験者歓迎!!』



撫子は目を輝かせて、その紙に向かってまさしく「壁ドン」をする。



撫子「これよ、これだわ!!」



思わず壁に貼ってあるその紙を、ベリッと剥がしてしまう。

紙をキラキラした目で見つめる撫子。

その時、スマートフォンに着信がある。

画面を見ると、『着信 羽鳥』とある。



撫子「もしもし、羽鳥?」

羽鳥『撫子お嬢様!!今、どちらですか!?お帰りが遅くて、皆が心配しております!!』

撫子「羽鳥、それどころじゃないの!私、見つけたのよ」

羽鳥『はい?』

撫子「私……、働くわ!!」



電話の向こうで羽鳥が何かを言っているけれど、撫子は電話を切る。

それから、飲料水コーナーで500ミリリットルのミネラルウォーターのペットボトルを手に取り、レジカウンターへ向かう。

レジカウンターには何人かの女性店員と柊が、それぞれのカウンターの中に立って、お客様に接客していた。



撫子(ここで支払いをするのよね?私、偉いじゃない!!ちゃんと知っているわ!!)



ちゃっかり柊のカウンターに並び、ドキドキしながら順番を待つ撫子。



柊が「いらっしゃいませ、こんにちはー」とお辞儀をして、撫子の持っていたペットボトルを受け取り、レジに通す。




柊「130円になります」

撫子「あ……、はい!130円……、カードって使えるかしら?現金ってあったかしら?」



モタモタしつつ、財布の中を見る撫子。

後ろに並んでいた五十代くらいの女性は、苛立った様子で違うレジカウンターに向かう。

それを知って、撫子は焦ってくる。



柊は「焦らなくても、大丈夫ですよ」と声をかけてくれて、「一番レジか二番レジならどんなキャッシュレス決済にも対応しております」と丁寧に教えてくれる。



撫子〈財布をのぞきながら、首を振りつつ〉「あなたにレジをしてほしいわ」

柊「え?」

撫子「……えっ?」



ついつい本音を言ってしまったことに気づき、顔を上げ、赤くなる撫子。

そして財布に現金で小銭があったのを見つける。



撫子「あったわ!お待たせしてごめんなさい」



支払いを済ませて商品を受け取った撫子に、柊は「ありがとうございました」と、笑顔を見せてくれる。

その笑顔を見て、撫子は〈ハートに矢が射抜かれたような描写で〉更に顔を赤く染める。



◯スーパーマーケット「ぜんきち」の前。

出入り口からスーパーマーケット「ぜんきち」を見上げる撫子。



撫子(ここで働くわ)



手に持っている購入したペットボトルに視線を落として、にっこり笑う撫子。



撫子「そばにいるくらい、許されるわよね?」



◯日は過ぎて、週末のスーパーマーケット「ぜんきち」の店内。

開店前の店内で、店長が従業員に挨拶をしている。



店長「……ということで、今日から一緒に働いてもらう、宝来 撫子さんです」



店長の横に立つ、「ぜんきち」の制服であるエプロンと三角巾を付けた撫子がにっこりと微笑む。



撫子「宝来 撫子です。よろしくお願いしますっ!」



話を聞いていた従業員の中に、柊くんの姿を見つけ、嬉しくなり、ニコニコする撫子。



撫子(……そうよ)

(そばにいるくらい、いいじゃない)

(このブルーな日々に)

(あなたはきっと、私に光を照らしてくれる)

(きっと……)











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