初恋のつづき
「ーー遠野。今のって、誰?」


そこでようやく私の腕を解放した名桐くんが、真っ直ぐに私を見つめて問う。


「へ?今の……って、あ、亮ちゃん?亮ちゃんは有賀 亮太って言って、私の三つ下のお、」

「いや、待て、いい」

「……?」
 
「もう分かった」


義弟(おとうと)、と言い切る前に片手で顔を覆った名桐くんに遮られ、私の頭の中にはぽん、ぽん、ぽん、とハテナマークたちが三つほど綺麗に並んでいく。


……分かって、くれたのだろうか、今の説明だけで……?


昔、彼に亮ちゃんの話をしたことがあったっけ?

うーん、なかったような気もするけれど、無意識に話していたという可能性も否定は出来ない……。

何せ、義姉弟になる前から私は亮ちゃんのことを本当の弟のように可愛がっていたから。

あの放課後の空き教室で、話題の一つにしていたこともあったのかもしれない。でも、十年も前の記憶だからさすがにあやふやだ。 

なのでそんな風にぐるぐると記憶を辿りながら〝亮ちゃんのこと、前に話したことあったっけ?〟と確認しようと思ったのだけど、「えっと亮ちゃんのこと、」と言い掛けたところでこれまた名桐くんに遮られてしまった。


「……あー、遠野」

「……うん?」


顔を覆っていた大きな手を外した名桐くんは、そこから複雑そうな表情を覗かせて続ける。


「……今日、予定通りで平気か?」


仕事終わりのご飯のことだろう。


「うん?平気だよ?」

「……オレと、二人だけど」

「うん。……え?う、うん」


もちろん他に誰が来るとも思ってはいなかったけれど、敢えてその〝二人〟という部分を強調しないで頂きたい。

軽い同窓会のようなノリで行こうと思っていたのに、何だか無駄に緊張してしまうから。

何しろ十年ぶりとはいえ、名桐くんは私の初恋の人なのだ。


「……そうか。問題ないのならいい」


何の確認だったのかいまいち分からないながらもそう答えれば、ぽそりと呟いた彼はそのタイミングで戻ってきた渋谷さんから入館証を受け取り、次の瞬間には「では案内をお願いします、《《有賀さん》》」と、しれっとビジネスモードに切り替えてきたのだった。
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