初恋のつづき
10、嫌いじゃない
「有賀さん、名桐さん。本日は打ち合わせ時間の変更、本当にありがとうございました!」
受付まで降りて来てくれた上田さんが、開口一番にそう言って、シュッとした長身を九十度に折り曲げた。
「いえいえ、とんでもないです!」
「ええ、どうかお気になさらずに」
一旦その謝罪を受け止めてから、「申し遅れました……、」と名桐くんが名刺を取り出し、「あっ、こちらこそ、すみません……!」と改めて2人の名刺交換が行われる。
それからいつものミーティングルームで、プレス発表会と新商品先行発売イベントで使わせていただく会場ごとに、必要な機材、照明、搬入予定の什器など、現時点でできるところまでの打ち合わせを行い、実際に各会場も確認しに行ったのだけど。
名桐くんの仕事ぶりを目の当たりにした私は、すごいと思うと同時にとても刺激を受けた。
彼は私とはまた別の立場の、イベントをプロデュースする側として、こちらの資料と照らし合わせながら懸念点や留意点を的確についてくる。
発売する商品によって展開の仕方や魅せ方は変わってくるので、いつも使わせていただく会場ではあるけれど、私たちはいかに商品の魅力を伝えられるか、ということに重点を置いてイチから構成していく。
名桐くんの指摘は、クライアントである私たちの意向を正確にしっかりと汲んでくれた上でのそれで、正直、初回の打ち合わせでここまで詰められるとは思ってもみなかった。
あの早乙女さんの後任を任されただけあって、彼の仕事ぶりはテキパキとしているのに誠実で、とても真摯的だった。
渋谷さんが言っていた、彼のクライアントからの信頼が厚い理由が、分かった気がした。
── そんな密度の濃い打ち合わせは一時間程で終わり、次回の打ち合わせ日程の調整もし終え、最後は帰り支度をしながらの和やかな雑談タイムになった。
最初に着席した時と同じく、上田さんの向かいに私、その右隣に名桐くん、という並びだ。
「── そう言えば今日の時間変更、何かトラブルでもあったんですか?」
実は、上田さんから打ち合わせ時間の変更依頼を受けたのは、この数年来のお付き合いの中で初めてのことだった。
それ故に、きっとのっぴきならない何かがあったんだろうなぁと、気になっていた。
だから、ついポロッと尋ねてしまったのだ。
「あ、いや、お恥ずかしい話なんですが、実はダブルブッキングをしてしまいまして……」
「え、上田さんがですか⁉︎」
と、その答えに私が思わず声を上げてしまったのには、訳がある。