コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク —別れた夫とお仕事です—
———ピ…

水惟は誰もいない家に帰り灯りを点けた。
蒼士がいないと、高層階から見える景色も広い部屋も随分と自分に不釣り合いなものに感じる。

———ボフッ

帰ってきたままの服装でうつ伏せでベッドに倒れ込むと、仄かに蒼士の匂いがする。

「…会いたいなぁ…」
ポツリとつぶやいた。

「会いたいけど、会いたくない……」

会いたい気持ちと、社内で一緒にいるところを誰かに見られてヒソヒソと噂をされる心配のない安心感が水惟の(むね)で同居している。

水惟は溜息を()いて起き上がると、シャワーを浴びてベッドに潜り込んだ。

もう何日も夕食をとらずに一日を終える日々が続いている。そして、朝食をとらずに会社に向かう。


「最近あのワンピース着てくれないね。」
パーティーの支度を終えた水惟に蒼士が言った。

蒼士がプレゼントしたミルクティー色のドレスのことだ。
このところ、パーティーや会食に水惟が着ていくのは胸元が隠れるデザインのドレスばかりだった。

「ん…うん…気に入って着すぎちゃって…何度もクリーニングに出してるから傷んじゃいそうで。あのワンピースは大事にしたいからちょっとお休み中なの。」
「ふーん、そっか。でも今日の格好も似合ってる。」

蒼士の言葉に水惟は無言で微笑んで、二人はパーティーに向かった。
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