コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク —別れた夫とお仕事です—
その日、水惟はプレゼンの時間が終わると氷見に申し出て早退することにした。

「水惟、何か言うことがあるんじゃない?」
水惟は俯いたまま無言で首を横に振り、オフィスを後にした。

家に帰ると、今日も蒼士のいない静けさに包まれたベッドに潜り込み、独り肩を震わせて泣きじゃくった。


翌日、水惟は気が重いまま出社した。

「プレゼンできなかったらしくて—」
「やっぱり全然実力が伴ってないんじゃん—」

“贔屓されている深山 蒼士の妻”が準備不足でプレゼンを辞退した、という噂はあっという間に社内中に広まっていた。

「…おはようございます。」
クリエイティブチームの部屋に入ると、水惟は元気とは言えない声で挨拶をした。

「水惟、おはよっ!」
明るい声で水惟に声をかけたのは乾だった。

「昨日早退してたけど、大丈夫だった?風邪がぶり返したりしたの?」
「………」
白々しい態度に、水惟はどう答えればいいのか全くわからなかった。

「でも、ありがとね。」
「え…」

「水惟が細かい案件片付けてくれたからプレゼンの準備に集中できて、昨日は良いプレゼンができたから。」
乾はにっこり笑って言った。
「あの企画は…」

「なぁに?水惟は準備不足でプレゼンできなくて残念だったね。どんな企画だったのか、すーっごく気になるけど。」
「………」

昨日、あの場で発表しなかった以上、これから水惟が同じ企画を出しても分が悪すぎる。
水惟は泣きたいのを堪えて、平静を装ってパソコンに向かった。

< 152 / 214 >

この作品をシェア

pagetop