コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク —別れた夫とお仕事です—
「貯金はしばらく大丈夫なくらいはありますけど…最低限の慰謝料みたいなものはいただけたら助かります。」
「最低限なんて言わなくていい。毎月援助したっていいんだよ。」
水惟はまた首を振った。

「本当は別にいらないですけど…ちゃんと後腐れなく離婚した方がいいと思うので。」
「後腐れなくって…水惟、昨日の話覚えてる?」
蒼士は眉を顰めて、焦りも混ざったような表情(かお)で言った。

水惟はコクッと頷いた。

「さっきも言いましたけど…信じきれないんです。少なくとも…一度はここでキッパリ別れた方が…いぃ…とおもいます。」
水惟は小さく喉を鳴らして、涙を堪えた。

「退職届けも書きました。」
水惟はテーブルの上に白い封筒を差し出した。

「…明日からしばらくホテルに泊まって家と仕事を探します。」
「そんなのこの家から…」
水惟はまた首を振って拒否の意思を示した。

「会社にある荷物はこちらに送ってもらっていいですか?家が決まったら持って行くか処分するか決めるので。」
水惟は立ち上がって、自分の部屋に戻ろうとした。

「ちょっと待って水惟」
そう言って、蒼士は後ろ姿の水惟の手首を引っ張るように掴んだ。

「やめて!」

振り向いた水惟を強く抱きしめる。

「なんで?なんでそんなに信用してくれない!?」

水惟はまた、蒼士の胸の中で泣き出した。

「なんでって……」
「信じてくれなくても、絶対迎えに行くから。その時はもう一回信じて欲しい。」

「………」
「お願いだから…」
蒼士の絞り出すような声に水惟の全身がキュンと締め付けられる。

どうしても信じると言い切れない水惟は、無言で一度、小さく頷いた。
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