コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク —別れた夫とお仕事です—
言葉を詰まらせた男性は目を右手で覆った。

「マズいな…学生さんの前で」

(泣いてる…?)

男性は胸ポケットのハンカチを取り出して、一瞬目を押さえ涙を止めた。

「俺、最近いろいろ忙しくて疲れてたんだけど、この作品見たらなんか…胸に刺さったっていうか…癒された。」
そう言って微笑んだ男性の目はまだ涙で潤んだ名残が見えた。

気づくと水惟の胸はドキドキと早いリズムを刻んでいた。

「キミみたいなデザイナーが入ってくれたら、うちのクリエイティブも幅が広がりそうだね。」
「え…」

「って、軽々しく期待させるようなこと言っちゃいけなかったな。デザイナーでもなんでもない、ただの営業マンの感想だから。」

「は、はい!ありがとうございます!」


その日、水惟は会社説明会の間も、洸の講演の間も、ずっとあの男性の涙が頭から離れなかった。
誰かが自分の作品で泣くという初めての体験への感動と、大人の男性の泣き顔を初めて見た驚きで、頬は熱く、胸はずっと高鳴っていた。
(…きれいな顔だったなぁ…)

翌日
「私、深端グラフィックスに入りたいです。」
水惟は目を輝かせて蟹江教授に言った。

「え、何?どうしたのよ急に〜!そんなに良かったの?説明会…」
「えっと…はい、まあ。」

「ふーん、そうなんだ。さっすが大手ね〜!」
(………)

正直なところ、会社説明会の内容はあまり覚えていない。
水惟の頭にはずっとあの男性の顔だけがこびりついていた。

(あの人と一緒に仕事がしたい…)


(またあの人が泣いてくれるようなデザインがしたい…)

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