【書籍化予定】ニセモノ王女、隣国で狩る
 公爵令嬢であったアマリーが数奇な運命を辿ることになったのは、生家のファバンク家が借金まみれになったせいだった。

 すべては、ある馬の絵から始まった。
 ある日、ファバンク邸の居間に一枚の馬の絵画が飾られたのだ。
 森林を荒々しく駆けていく一頭の馬。馬の筋肉が細部まで描写され、躍動(やくどう)感に溢れたとても美しい絵だった。
 この後、ファバンク家を襲う没落劇の火蓋が切られていたとは気付くはずもなく、『まぁ、迫力のある素敵な絵ね』とアマリーは平和に見上げていたものだ。

 この絵を契機に、この西ノ国きっての名家、ファバンク公爵家は転落していった。
 気が付けば馬の絵画は徐々に増えていたのだ。
 ファバンク家の屋敷の壁は数カ月のうちに、馬の絵画だらけになっていったのである。
 屋敷の大回廊を飾っていた公爵家の先祖たちの肖像画は、一枚、また一枚と馬の絵画に取って代わられていく。天使のように愛らしい、幾世紀にもわたるファバンク家の人々の子ども時代の貴重な一場面を切り取った絵画も、いつの間にか雄壮な野生馬にその座を奪われた。
 ついにはこのファバンク家を一大名家にのし上げた偉大な先祖である、三代目ファバンク公爵の巨大な肖像画すらも壁から外され、前脚を高く上げる馬の絵画がその隙間を埋め時、ようやくアマリーの母は異変を察知した。
 公爵――つまり夫が、馬にハマったのである。

 公爵は各地の競走馬を購入し、競馬に巨費を投じていた。だが彼には賭け事のセンスがなかった。
 王家出身で残念なほど世間知らずなアマリーの母である公爵夫人が、財産管理人にやっと自家の財務状況を聞き出した時、ファバンク家は既に手の施しようがない債務超過に陥っていた。
 この西ノ国の歴史に燦然と名を刻む名家、ファバンク家は一代にしてその財の大半を失いかけていた。
 アマリーが十歳になった頃の話である。
 このようにしてアマリーは、華々しく社交界にデビューする機会を失った。


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