【書籍化予定】ニセモノ王女、隣国で狩る
第一章

「アマリー、ちょっと来てくれ!」

 台所で調理をしていたアマリーを、慌てた様子で公爵が呼ぶ。

「お前に大事な話があるのだよ」

 現在ファバンク家にはほとんど使用人がいないので、今夜の夕食の準備中だったアマリーは、仕方なくオーブンからチキンを取り出した。
 焼き上がったばかりのパンも放り出して、公爵についていく。公爵はなぜか急いでいるようで、短い足を懸命に前後に動かして小走りで廊下を抜けた。
 客間に入ると、そこには既に公爵夫人がいた。

「座りなさい」

 公爵に言われて居間の真ん中まで進み、花柄の布張りのソファに腰を下ろす。
 正面のソファに公爵が座り、公爵夫人は少し離れた窓辺に立ったままだった。
 公爵に視線を戻すと、彼は妙にほくほくとした控えめな笑顔を見せてから、一度軽く頷く。

(どうしたのかしら、おふたりで改まって。なんのお話……?)

 ややあってから公爵は一度咳払いをすると、口を開いた。

「アマリー。……お前ももう、十八になった」

 こくりと頷きながらも、ああ……ついにあの話が――自分の結婚相手を父が決めたのだろうと、推察する。
 そうとわかると、指先から緊張が走り、じわじわと汗が(にじ)み出す。
 膝の上に行儀よく乗せていた手を、ギュッと握りしめた。
 それにしても公爵は嬉しそうだった。持参金の減額をしてもらえたのかもしれない。

(お父様は男爵と子爵のどちらを選んだのかしら――?)

 正直なところ、アマリーはどちらも気に入っていなかった。
 男爵は初めて会った時から、アマリーにやたらと触りたがったし、育ちが悪いせいか視線も不躾で、アマリーの胸元ばかり見ていたからだ。
 自分の胸には密かに割と自信があったが、好きでもない異性から熱心に見られるのは、気持ちが悪かった。許可なく胸を見るな!と顔をはたいてやりたいくらいに。
 成金男爵は会話をしている間中、アマリーの目よりも胸を見ていたのだ。彼は多分、アマリーの胸と結婚しようとしていた。
 一方で子爵の方は年寄りすぎた。アマリーより三十も年上なのだ。知性と気品を兼ね備えた人物ではあったが、十年後も連れ添える自信がない。
 できればふたりを足して二で割りたかった。
 ……自分にも、まだ公爵令嬢としての矜持が残っているらしい、と今さら気付かされる。
 公爵は続けた。
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