片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして
 葛藤の末、水を持って部屋へ戻り、外れかけた紳士の仮面をきちんと装着した。

(茜に手を出さない、手を出さない、手を出さない)

 呪文のように念じる。彼女が出てきたら俺も入り、その間はデザートを食べていて貰おう。この後の行動パターンを巡らす。

「あ、布団がない……」

 そして重大なことに気付く。来客用の布団がないのだ。スリッパすら用意できない生活環境なのであるはずない。
 当然、茜を床に寝かす選択など有り得ないが、そうなるとベッドを使って貰うことになる。

 縁に掛けていた腰を上げ、シーツを見下ろす。
 幸い新しい物に変えたばかりで衛生面での心配ない。しかしながら自分がいつも寝ている場所を貸すのはーーなんというか。

 なんというかーー。

「誠?」

 茜がやってきて、ほかほか湯気が出ていそうな表情でこちらを伺う。単刀直入に言って可愛い。
 首を傾げればサイズの大きいシャツが強調され、俺は可愛いという言葉以外を失ってしまった。
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