財閥御曹司は最愛の君と極上の愛を奏でる

 昼間は未就園児のリトミック教室、夕方は就園児から小学生までのピアノコース、夜は大人向けの個人レッスンと、毎日ピアノに向き合う生活。

 ピアノが大好きな衣都にとってはまさに天国のような職場だ。

 夕方のレッスンが終わったこの時間は、ようやくひと心地つける。

 衣都は三箇所あるレッスン室の片づけをし、アップライトピアノの蓋を閉め、カバーをかけた。

 事務室に戻ると、夜のレッスンを担当する同僚の神谷樹里(かみやじゅり)が出勤していた。

「衣都先生、お疲れ様〜」
「お疲れ様です、樹里先生」

 この音楽教室では衣都を含め六人の講師が働いている。
 樹里は衣都と一番年齢が近い講師であり、衣都にピアノ講師のイロハを教えてくれた先輩だ。
 
「子どもたちは今日も元気だったみたいね。ここまで楽しそうな声が聞こえてきたわ。衣都先生もお子様の相手ばかりで大変でしょう?たまには大人クラスに配置換えでもしてみる?」
「確かに大変ですけど、子ども達を見ているとやる気がでてきます」

 まっさらな子供達は芽が生えたばかりの若葉のようにぐんぐんと知識と技術を吸収し成長していく。
 時として駆け出しのピアノ講師である衣都の予想を遥かに超えてくる。
 それが、なおさら嬉しい。
 自分で弾くのとは全く違う感覚に、衣都はピアノを教える喜びと意義を見出していた。

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