財閥御曹司は最愛の君と極上の愛を奏でる

「リビングまで来てくれてちょうどよかった。話があるんだ。座ってくれる?」

 衣都がソファに座ると、響は一枚の紙と万年筆をテーブルの上に置いた。
 茶色で縁取られたその紙は、正真正銘本物の婚姻届だった。

「ここに、衣都の名前と現住所、本籍地を書いてくれ」
「あのっ!待ってください!私……まだっ!」

 何もかもが性急だった。
 衣都には冷静に物事を考える時間が必要だった。
 しかし、そんな優柔不断な衣都を響が許すはずもなかった。

「なら、いつまで待てばいい?」
「いつまでって……」
「その気がないなら、はっきり言ってくれ。衣都は結論を先延ばしにしているだけだ」
「ごめんなさい……」

 場当たり的な行動を非難され、衣都はシュンとうなだれた。

「……まあ、いいよ。待つのには慣れているからね。好きなだけ心の準備をするといい」

 響はそう言うと、目に毒な婚姻届をチェストの中にしまってくれた。
 よかったと安堵したのも束の間、響は衣都の顎を指で持ち上げ、瞳を覗きこみながらこう続けた。

「覚えておいて、衣都。僕は……イエス以外の返事はいらない」

 念を押すように唇を親指でなぞられ、ドクンと大きく心臓が脈を打った。
 ノーを言うことが許されないのなら、衣都は一体どうしたらいいのだろう?

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