財閥御曹司は最愛の君と極上の愛を奏でる
5.黒い噂

 
 衣都はなけなしの気力を振り絞り、十五分もかけて、体調が悪くなったからデートをキャンセルしたいと響にメッセージを送った。
 すると、即座に電話が掛かってきた。
 
『衣都、大丈夫かい?』
「ええ、平気です」
『最近、色々と予定を詰め込みすぎたせいかな?気にせずゆっくり休んで。今日は早めに帰るから』
 
 響は相変わらず衣都に優しかった。
 折角、お店を予約していてくれたのに、楽しいデートの計画を台無しにしてしまった。
 しかし、衣都はすべてを隠し平然とした顔でデートができるほど、神経が図太くできていなかった。
 幸いなことに、紬に叩かれた頬は氷で冷やすと徐々に腫れが引いていった。
 このぶんなら、響が帰ってくる頃には、すっかり元通りの顔に戻っているだろう。
 ……問題は心に負った傷の方。
 見た目の傷とは違って、心の傷はそう簡単には塞がらない。


(どうしたらいいの……?)

 衣都は自室のベッドで横になり、小さくうずくまった。
 行き場をなくしたやりきれない思いをこらえるように、シーツを固く握りしめる。
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