財閥御曹司に仕掛けられたのは、甘すぎる罠でした。
 その部屋内は、思った通り広い。
 カーペット敷の床がどこまでも続き、正面は一面ガラス張りの窓。
 左には丸いガラス製のダイニングテーブル、その奥にバーカウンターが見える。
 その奥にも何か部屋があるらしいが、ここからでは分からない。

 反対側にあるのは、10人くらいが余裕で座れそうなソファ、美しい彫刻の施された重厚な木のテーブル、それから大きすぎるテレビと数々の調度品。

 その隣には扉があって、私がそちらを向いた時、ちょうど扉が開いた。

 ドキリとした。
 隙のないスーツ姿の、悠賀様がいた。
 
「おはよう、精が出るね」

 悠賀様は朝から爽やかな笑みを浮かべている。

「おはようございます、ぼっちゃま」

「あ、お、おはようございます……」

 執事さんに倣って、私もぺこりと頭を下げた。

「依恋さん、今日は初日だからそんなに気負わないで。まずはここのベッドメイキングと水回り清掃、それから――」

 悠賀様は私にして欲しいことを羅列していく。
 毎日して欲しいところ、気をつけて欲しいこと、などを次々に言いつけられ、私は必死に脳裏にメモをした。

「それくらいかなあ」

 悠賀様は顎に人差し指を置きながらそう言い、最後に「うん」と納得したようにこちらを向いた。

「僕は今日、出かけるけれど……、困ったことがあったら、そこのじいに何でも聞いて?」

 爽やかな笑みを向けられ、背筋がしゃんとする。

「は、はい」

 慌てて答えると、その口元がニコっとほころんだ。

「依恋さん、これからよろしく」

 悠賀様はそう言うと、背中を向けたまま手を振って部屋を出て行く。
 執事さんもそれに続いて、部屋を出て行ってしまった。

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