財閥御曹司に仕掛けられたのは、甘すぎる罠でした。
 悠賀様に腰を抱かれ、ホテルの一階にやってきた。
 大理石の階段をゆっくりと上る。
 ついこの間、悠賀様を滑らせてしまった場所だ。

 やがて階段を上りきると、宴会場の扉が見えてくる。

 ――この先に、桜堂家の人たちがたくさんいる……。
 
 うつむき、きゅっと拳を握った。
 私の異変を感じたらしい悠賀様は、その歩みを一度止める。

「下は見ないで、堂々と胸を張って。君はとても、綺麗なんだから」

 言われても、顔を上げることはできない。
 隣に立つ悠賀様は、いつもと同じグレーのスーツに桜色のネクタイ。
 まるで王子様だ。

 けれど、騙されてはだめ。この人は、今から私を手放す。それに立花家に恥をかかす。
 そのいずれかでなくとも、きっと私に何かしらする。
 
 ドクドクと胸が鳴り、肩が吊り上がる。
 そんな私の腰を、悠賀様はより密着させるように抱き寄せる。
 
「心配しなくていい。君は僕の隣で、笑っていてくれればそれでいいから」

 耳元で囁かれ、そこだけが熱を持ってしまったようにじんじんと熱くなった。

「それから、転ばなないように、気を付けて」

 はっとして顔を上げる。
 いたずらっぽく笑う悠賀様の顔が、思いのほか近い。
 かぁぁと顔が熱くなる。悠賀様はそんな私を見て、クスリと笑った。

「緊張は解けたかな? さあ、行こうか」

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