財閥御曹司に仕掛けられたのは、甘すぎる罠でした。
 着飾った自分の姿を、鏡ではなく自分で見下ろす。
 先ほどまでメイド服を着ていたのに、今は桜色の生地がキラキラと輝きを放つ上品なドレスに身を包んでいる。

 目の前の鏡に目線を戻す。
 綺麗にまとめ上げられた髪、薄くも上品で豪華なメイク。
 
 まるで魔法をかけられた、おとぎ話の主人公だ。
 けれどこれは、見せかけのシンデレラ。
 桜堂グループのパーティーなど、私にとっては敵だらけの戦地に単身突っ込んでいくようなものだ。

 一体何の目論見があるのだろう。
 
 私は鏡越しに私の顔を覗く貴公子の、爽やかな微笑みの向こう側を想像する。

 ――立花家の人間がなぜこんなところにと、つるし上げられ馬鹿にされる?
 それとも、立花家の誰かがここに呼ばれて、私を引き渡す代わりに散々なことをされる?

 不安しかない。怖い。

 けれど、私の手を取り立ち上がらせるこの人に、私は逆らえない。
 この人は桜堂家の御曹司である以前に、私の雇用主なのだ。

 それに――。

「さあ、行くよ。お姫様」

 そう言って投げられた笑みに、どうしても胸が反応してしまう。
 ドキリと鳴り、きゅっと苦しくなる。

 ――この気持ちを、私は知っている。

 惹かれてしまっているのだ。
 これから私を捨てようとしている、この人に――。

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