財閥御曹司に仕掛けられたのは、甘すぎる罠でした。
 けれど、思い出してしまっては悠賀様への気持ちがあふれ出してしまう。
 抱き寄せてくれた腕の感覚。差し出された、温かい手。
 密着して踊ったダンス。直に感じた、悠賀様の温もり――。
 
 ――ううん、もうそんなの、どうでもいい。
 立花家の中で幽閉されているよりも、このお見合いをする方が、よっぽど役に立つ。

 そうやって自分を奮い立たせる。
 けれども、忘れなくてはと思うほど、胸が痛む。

 不意に目頭が熱くなって、慌ててぐっと唇を噛んだ。
 泣き顔を見られたくはない。
 お見合い相手の方を見たけれど、彼はまだ叔父様との会話に夢中だ。
 
 ほっと胸をなでおろす。
 
 幸せを願うから、不幸になる。
 幸せなんか願うものか。

 それでももっと幸せになりたいと思ってしまう。
 不相応な居場所を求めてしまう。

 ――会いたい。
 もう一度会って、頭を撫でて欲しい。
 手を取ってほしい。
 あの爽やかな笑みを、こちらに向けて欲しい。

 いつから私は、こんなに我儘(わがまま)になってしまったのだろう。
 それも、叶うはずのない我儘を並べるような――。

 思えば思うほど、胸が焦がれる。
 会いたいと願ってしまう。

 叶わないと分かっているから辛くて、悲しい。
 我慢していたけれど、視界がついに霞んでいく。

 泣いたらダメ。

 どうにか踏ん張ろうと、ぎゅっと目をつぶった時だった。

「ちょっと通してくれるかな?」

 幻聴だと思った。
 けれど、エレベーターの方ががやがやとうるさくなる。
 慌てた黒服の男たちの間をすり抜け、さっそうとこちらに向かってくるのは、私が胸に思い浮かべていた、銀色の貴公子。

「な、桜堂め……!」

 叔父様が身構える。けれど。

「その取引、桜堂財閥がもらってもいいかな?」

 悠賀様は悠然とそう言って、爽やかな笑みを浮かべた。

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