君は運命の人〜キスから始まったあの日の夜〜

灰色の瞳

__ある夏の日だった。
その日は、不安定な大気のせいで、急な雨に見舞われた。
「大丈夫ですか?」
繁華街の路地裏、項垂れるように壁に寄りかかる男性に、私は傘を差し出した。
「……」
「あの……」
よく見ると、男性の頬には、殴られたような跡があった。
痛そう……喧嘩でもしたのかな……
そんなことを思っていると、俯いていた男性が、私を見上げた。
「__!」
その瞬間、持っていた傘を落としてしまった。長い前髪から見えた男性の瞳は、まるで心がないかのように灰色がかっていた。恐ろしさを感じてしまうほど孤独な瞳に、私の体は小刻みに震え出した。
「……」
男性が何かを言ったようだが、激しい雨にその声はかき消され、私に届くことはなかった。
__っと、次の瞬間。
腕を引っ張られ、強引にも、私の唇は奪われた。
「んっ……!」
鉄が錆びたような味がした。
いきなりのことで抵抗もできず、そのキスを受け止める形になってしまった。唇が離れると、男性は壁に手をつき、立ち上がると、フラつきながら私の元から去って行った。
ふり続ける雨の中、私はただその場に呆然と立ち尽くした__。
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