君は運命の人〜キスから始まったあの日の夜〜

クールな上司の提案

あの衝撃的な雨の日から十年が経った。私、伊藤椿は、地元の大学を卒業後、大手貿易商会社であるここ、宝月貿易で、営業事務として働き始め、今年で二年目。営業事務の主な業務は、お客様からの電話対応。他にも発注作業、受注管理などと、表立って働く営業の人に比べれば、地味なことが多いけど、賑やかな場所が苦手は私には向いている。
「伊藤さん」
名前を呼ばれて振り向くと、千賀部長がいた。今日も奥さんからプレゼントされたという、動物のネクタイピンをつけている。
「千賀部長、お疲れ様です」
「お疲れ様です。頼んでいた見積書、出来ていますか?」
「はい、こちらです」
千賀部長は見積書に目を通すと「はい」っと大きく頷いた。
「いつもながら早くて助かります。急なお願いだったのにありがとね」
「いえ」
千賀部長は、物腰が柔らかい穏やかな人。私達、部下がミスをしても、頭ごなしに怒るような人ではない。営業課が和気藹々としているのは、千賀部長のような人がいるからだ。
「そういえば、聞いたかい? 明日ついに、うちの御曹司がアメリカから帰国するらしい」
副社長が……
宝月隼人。日本有数の財閥、宝月ホールディングスの次期総帥。グループ会社である宝月貿易は、彼が副社長を務める会社でもある。
< 2 / 56 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop