公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

ある日突然(とあるメイド視点)

 ラーデイン公爵家に仕えてから、早いものでもう二年にもなる。
 初めてこの屋敷に来た年に生まれたオルティナ様が、もうすぐ二歳になるというのは、正直信じられないことだ。
 時が流れるのが早くて困る。そんなやり取りを奥様と交わしながら、私は今日も業務に励む。
 メイドとして過ごすというのは、案外私の性に合っているのかもしれない。男爵家の令嬢ではあるが、こうやってせっせと働く方が私という人間にとっては幸福なのではないか。最近は、そう思っている。

「セリネア、少しいいかな?」
「はい、なんでしょうか?」
「実は今日、アルバット侯爵に会いに行くんだ。ついて来てもらえないだろうか?」
「私が、ですか?」
「ああ、メイド長がそろそろ君にもそういう経験を積ませたいそうなんだ。いい機会だと思ってね」
「そうですか……わかりました」

 そんな私に、旦那様が話かけてきた。どうやら、出かける用事があって、そこに私がついて行かなければならないようだ。
 正直、少し緊張した。だが、ここは頑張り所だと思った。そういうことを任せてもいい。メイド長がそう思ってくれているという事実を胸に、私は奮起する。
 こうして、私は新たなる仕事をすることになったのだった。



◇◇◇



 朝起きて身支度をしてから、私は筆を取っていた。一枚の紙に、私はゆっくりと書き記していく。公爵家のメイドをやめるという旨を。

「……」

 昨日、何があったのか。私は正直あまりよく覚えていない。
 酔ったアルバット侯爵と旦那様に酒を勧められて、それを断り切れず飲んだ所までははっきりと覚えている。
 しかし、その辺りのことは定かではない。だが、朝起きた時の状況は、何が起こったかをわかりやすく示していた。

「もう、ここにはいられない……」

 辞表を書き終えてから、私は部屋を出ることにした。
 頭の中には、色々な感情が混ざり合っている。ただ、一つわかることは、もう奥様に合わせる顔がないということだ。
 こんな形で去ることは、正しいことではないかもしれない。しかし、他にいい方法も思いつかない。何より、私にそんなことを考える余裕がないのである。

「とにかく、家に帰るしかない、か……」

 これからどうすればいいのか、それはよくわからなかった。
 男爵家に帰った私が温かく迎え入れられるとは思えない。公爵家の使用人を急にやめて帰ってくる。それが、すんなりと受け入れられることなどないだろう。
 しかし、他に行く場所も思いつかない。だから、男爵家に帰るしかないのだ。
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