公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

絶望的な状況(とあるメイド視点)

 男爵家に戻った私は、目の前の光景に驚愕していた。
 慣れ親しんだ男爵家の屋敷は、燃えている。燃え盛る炎を現実だと思いたくない。だが、その熱がそれを嫌でも現実だと実感させてくる。

「お、お嬢様、どうしてこちらに……」
「ゼペックさん……これは、一体?」

 私の元に駆け寄ってきたのは、執事のゼペックさんだった。彼は、蒼白な顔をしている。状況的に考えて、それは当然だろう。

「だ、旦那様が火をつけたのです」
「お父様が? どうして、そんなことを……?」
「どうやら、旦那様は博打によって借金を抱えていたそうです……」
「なっ……」

 ゼペックさんの語ることに、私は困惑していた。父が、そんなことをしていたなんて、信じられないことである。
 だが、私が生まれた時からいる執事のゼペックさんが言っていることだ。それに、間違いはないのだろう。
 それに、少し後ろの方にいる他の使用人達も、ゼペックさんの言葉に何も言わない。ということは、やはりこれは紛れもない現実なのだろう。

「お嬢様、お逃げください」
「え?」
「旦那様は、借金を返せていません。その借金取りは、親族であるあなたを狙うでしょう。あなたは、名前を変えて違う人生を歩むべきだ」
「で、でも……」
「これを……」
「これは……」

 ゼペックさんは、自分の首にかかっていたペンダントを私に差し出してきた。それは、彼が家族から贈られたといっていたものだ。確か、魔よけのお守りだと聞いている。

「今、私が渡せるのはこれだけです。ですが、これだけでもあなたがしばらく生きていけるだけの資金になるはずです」
「そ、そんなことできません。だって、これは……」
「いいのです。あなたの命の方が、私にとっては大切だ」

 ゼペックさんは、私に優しく笑いかけてきた。
 私は、ペンダントを受け取るべきか悩む。こんな大切なものを、私が生きていくためだけに受け取っていいのだろうか。
 ゼペックさんは、そんな私の手を取り、その手にペンダント握らせてくる。その手には、力が籠っている。

「お嬢様、どうかご無事で……」
「ゼペックさん、ありがとうございます……それに、ごめんなさい」
「謝らないでください」

 私の言葉に、ゼペックさんは首を振ってくれた。
 彼の思いに、私は応えるべきなのだろう。ここまでしてくれた彼の願いを無下にしてはならない。そう思った私は、ゆっくりとペンダントを握りしめる。

「さようなら、ゼペックさん。それに、皆さんも……」
「ええ……」

 私は、その場を去ることにした。
 こうして、私は一瞬にして仕事も帰る家も失ったのだった。
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