公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

婚約者との出会い(アルーグ視点)

 あの日から、俺の心には大きな穴が開いていた。その穴を埋めてくれたのは、まず間違いなく彼女であろう。
 彼女との出会いは、劇的なものという訳ではなかった。ただお互いの親が決めた婚約者として、出会っただけだ。

「カーティアです。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく……頼む」

 カーティアと名乗ったその少女は、とても無表情だった。
 挨拶の際、俺が思ったのはそんなことだ。その表情に一切動きがない。まるで鉄仮面のように動かないその表情に、俺は奇妙であるという感想を覚えたのである。
 だが、その時の感想などというものは、彼女の次の行動で吹き飛んだ。
 いや、最終的には奇妙と思ったので、吹き飛んだというのは正しくないのかもしれない。色々と印象は変わったが、彼女が奇妙であるという結論に関しては、変わることがなかったのだ。

「いえい」
「……何?」

 自己紹介の直後、彼女は親指を立てた手をこちらに伸ばしながら、珍妙な言葉を放ってきた。
 それに俺は固まった。まったくもって、意味がわからなかったからである。

「私は、表情を作るのが苦手です。ですから、こうやってジェスチャーで、心を伝えるように心がけているのです」

 そんな俺の様子に、カーティアはそんなことを言ってきた。
 その理屈は、わからない訳ではない。表情で感情を出せないなら、動きで出せばいいという考えは、そこまでおかしいものではないだろう。
 だが、問題はそのジェスチャーが万人に伝わるものではないということだ。意味が通じなければ、それは奇妙な動きでしかないのである。

「……それで、今の動きはどういう意味なのだ?」
「婚約できて光栄ですという意味です」
「……それを言葉に出した方が早かったんじゃないのか?」
「でも、この顔でそれを言われて、アルーグ様はすぐに信じてくれますか? 何言ってんだこいつ、みたいに思いませんか?」
「どの道世辞には変わらないだろう」
「まあ、確かにお世辞ではありますが」
「……」

 カーティアと話していて、俺は自分の調子が崩れるのを感じていた。
 その無表情も相まって、彼女は不思議な雰囲気の女性だ。その雰囲気に、俺は飲まれてしまったのかもしれない。

「それじゃあ、意味もわかったことですし、アルーグ様も一緒にしましょう。いえい、と」
「やらん」
「そんなことを言わないで、やってみてください。癖になりますよ」
「ならん」

 俺はしばらくの間、カーティアとそんなやり取りを続けていた。
 その時にわかったことは、彼女と話すのは疲れるということだけだった。こんな婚約者で、これから先大丈夫なのか。俺はそんなことを思っていた。
 だが、実際の所、俺とカーティアは相性が良かったのかもしれない。今の彼女との関係を考えると、そんな気がするのだ。
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