公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

涙の理由(アルーグ視点)

「……どうして、泣くのだ?」
「泣く? そうですか……私は今、涙を流しているのですね」
「ああ……」

 俺の質問に対して、カーティアは自らの目元に手を当てた。どうやら、自分が泣いていることを、彼女は理解していなかったようだ。

「気付きませんでした。自分が泣いていたなんて。でも、どうして、こんなにも涙が流れているのかは、わかります」
「その理由を聞かせてもらえるか?」
「アルーグ様が、泣かないからですよ」
「……何?」

 カーティアの言葉に、俺は呆気に取られていた。
 確かに、言われてみれば、俺は今回の出来事に心を痛めながらも涙一つ流していない。
 どうして、彼女がそれを知っているのか。それは、どうでもいいことだ。問題は、彼女が俺に代わって泣いているというその事実の方である。

「アルーグ様は、今回の出来事で、いいえ、ここに至るまでの間、ずっと苦しんできました。それなのに、辛い顔一つせずに頑張って……それが、私には辛いのです」
「……」
「もっと自分の感情を素直に出してください。私が……私ならいつでもそれを受け止めますから。どうか、あなたのその仮面を外してください」
「俺は……」

 俺は、今までのことを思い出していた。
 これまでの人生の中で、俺は辛い思いをたくさんしてきた。その思いを誰にも打ち明けず、ずっと心に溜め込んでいたのである。
 それが、少しずつ決壊していく。俺の目からは、自然と涙が流れ始めたのだ。

「やっと……」

 カーティアはそっと立ち上がり、俺の傍まで来た。そして、そのまま俺を抱きしめてくる。

「アルーグ様、本当によく頑張りましたね。あなたのことは、私が全部知っています。たくさん傷ついて、それでも折れずに戦って……」
「……」
「今はただ、その身を私に預けてください。どうか、全部吐き出してください。私が全部受け止めますから」

 俺は、ゆっくりとカーティアにその身を預けていく。彼女の温もりが、俺の冷めていた心を温めてくれる。抑えてきた感情が、一気に溢れ出ていく。
 それから、俺は子供のように泣きじゃくっていた。思えば、あの日からずっと、俺はこうしたかったのかもしれない。



◇◇◇



 一しきり泣いた後、俺はカーティアと隣り合って座っていた。
 彼女は、俺の手に自らの手をそっと重ねている。それが、少し気恥ずかしい。だが、悪い気はしない。俺は、それを心地いいと思っているのだ。

「……世話をかけたな」
「いえ」
「お前に頼みがある」
「なんでしょうか?」

 そんな俺は、カーティアに一つ頼み事をすることにした。
 いや、それはそのように言うべきことではないだろう。だが、今はその言葉しか思いつかなかったのだ。

「俺の妻になってもらえるか?」
「え?」

 俺の言葉に、カーティアは驚いているような気がする。なんというか、その仕草から何を言っているんだという感じが伝わってくる。

「……これから、俺とお前の婚約がどうなるかはわからない。だが、俺はお前を手放したくはない。故に、ここで一つ宣言をしておくと思ったのだが……」
「なんというか、今更感満載ですね?」
「何?」
「アルーグ様は、やはり鈍感なのですね」
「それは……」

 カーティアは、俺に対して呆れているような気がした。どうやら、いつかと同じように、俺は言動を間違えたようだ。
 しかし、彼女からは俺の提案を拒否するような素振りはない。ということは、受け入れてもらえたということなのだろうか。

「さて、ここまで鈍感なアルーグ様には、もう少し格好良く決めていただきたい所ですね?」
「……どういうことだ?」
「言葉だけではなく、行動でも示してください……ここまで、言ってもわからないなら、いよいよ本当に呆れ果ててしまいますけど」
「……いや」

 流石の俺でも、カーティアが何を言っているのかは理解できた。
 彼女は、俺の目の前で目を瞑って何かを待っている。それが何を待っているかなどということは、明白だ。
 恐らく、そういうことなのだろう。つくづく実感する。俺は、鈍感だったということに。
 それに少し笑みを浮かべながらも、俺は彼女と唇を重ねた。この時も思ったのだ。俺はきっと、彼女には一生敵わないだろうと。
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