日給10万の結婚
「玲さん、今日誕生日ですよ? おめでとうございます!」

「……え」

 彼はきょとん、として、部屋を一旦見回した。そんな彼の横を通り過ぎ、圭吾さんがリビングに入ってくる。そしてテーブルの上に置かれた食事達を見て、感嘆の声を上げた。

「凄い! 舞香さん料理上手いですね」

「い、いやあ、そうですかね」

「美味しそうです、ほら玲さん!」

 呼ばれて、ようやく玲はテーブルに歩み寄った。そこに置かれた料理の数々を見て、ぽかんとしている。私は彼の隣りから顔を覗きこみ、申し訳ない気持ちで言った。

「ご、ごめん、こういう庶民的なメニューしか作れなくて。しかも、どうしても勇太の誕生日のイメージがあるから、あいつの好物ばかり作っちゃって、バランスもバラバラで」

 毎年勇太の好物を作る癖があるので、どうしても玲もそうなってしまった。チーズハンバーグにオムライス、コーンスープにからあげ、ポテトサラダと、子供むけメニューだ。玲の好物をと思って圭吾さんに聞いても、『なんでも好きですよ』としか教えて貰えなかったのだ。

 しばらく沈黙が流れ、玲がようやく口を開いた。

「俺の……誕生日?」

「え、そうでしょ?」

「……忘れてた」

 ずっこけそうになるも、思いとどまる。両親にも祝ってもらえなかった誕生日は、彼にとって特別な日にならなかったのだろう。誕生日を忘れているなんて。

 圭吾さんが笑顔で言った。

「冷めないうちに食べましょう! 玲さん、お祝いですよ!」

「そうそう、ケーキも買ってあるんだよ、後でみんなで食べよう! 手洗ってきて!」

 私達二人が慌ただしく動き出す。そんな様子を、玲はふっと表情を緩めてみた。素直に手を洗いに行くと、テーブルに座り、しげしげと置かれた料理たちを見ている。私はドリンクを取り出し、乾杯用に人数分グラスも用意する。圭吾さんも手伝ってくれ、三人で食卓を囲んだ。

 それぞれグラスを手に持つと、私は明るい声で高々と言った。

「じゃ、玲、お誕生日おめでとうー!」

「おめでとうございます!」

 グラス同士が高い音を立ててぶつかる。未だ玲は慣れないのか、普段のペースにならないようだ。ちらりと圭吾さんを見て言う。

「圭吾、知ってたのか」

「当たり前ですよー。京香さんに色々相談されてたんで」

「相談……?」

「京香さん凄く頑張ってたんですよ。色々考えて準備して、その相談を受けてたんです」

 玲が驚いた顔でこちらを見たので、何だか恥ずかしくなってしまった。そりゃ悩んだりしたけど、圭吾さんは大げさな気がする。

「れ、玲はこだわり強そうだからさ、せっかく祝っても嫌がられたら困ると思って……」

「あ、ほら舞香さん、例の」

「あ、ああ!」

 私は慌てて隠しておいたプレゼントを手にする。小さな小包を、玲に差し出した。
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