日給10万の結婚

 時刻は二十時。外は真っ暗になっている。

 私はスマホを覗きこんだ。圭吾さんからの『そろそろ帰ります』というメッセージ。もう家に着くころだ、と思い心臓を鎮めた。

 ドキドキしながらダイニングテーブルを見渡す。そして不安に駆られる。果たして、これで本当にいいんだろうか。

 今日は玲の誕生日を迎えている。驚かせてやろうと思い、朝は何も言わずに彼を見送った。おめでとうだとか、早く帰ってきてねなんて言わなかった。

 それに彼はここ最近、どこか不機嫌だった。私と圭吾さんが出かけたらへんからそうなので、やっぱり外出しすぎだと思われているようだ。本当は玲の誕生日プレゼントを買いに行ったと、今日ようやく知らせることが出来れば、あの男のむすっとした顔も元に戻るかもしれない。

 畑山さんのレッスンはいつも通りあって、彼女が帰宅してから私の計画は稼働した。圭吾さんに言われた通り、玲の誕生日当日の食事は私が準備することにしたのだ。

 ケーキは流石に焼けないので買ってきた。でも夕飯は全て私が手によりをかけて準備した。

 ここ最近料理などしていなかったし、慣れないキッチンで料理をするのはちょっと時間がかかったが、まあ成功しているとは思う。……一般人の目から見て。

「うーん、これでいいのかなあ」

 腕を組んで唸るも、もう遅い。そしてついに、玄関の鍵が開く音がしたのだ。胸がさらに大きく鳴り緊張した。

 廊下から足音と、玲の声が聞こえてくる。私は慌てて置いてあったクラッカーを手にし、リビングの扉の横へと移動し身を隠した。仕事の話をしているのか、淡々とした声で玲が何かを言っている。私は息をひそめてしゃがみ込み、クラッカーの紐を握った。

「だからその案件は」

 ガチャリと扉が開いた。そこから玲が顔を見せる。その瞬間、私は握っていた紐を思いきり引っ張った。大きな破裂音と共に、中から紙テープが飛び出し舞い上がる。そしてピンク色のテープが一本、玲の髪の上に乗った。

 ドアノブに手を掛けたまま、玲は固まり目を丸くしている。おお、玲が驚いてる顔なんて初めて見たかもしれない。

「お、お誕生日おめでと!」

 とりあえず仰々しく言ってみた。私の声を聞いて、ゆっくり玲がこちらを見る。やはり満月のような目で、何が起こったか分からない顔をしている。すると彼の背後からもう一発、クラッカーの音が鳴り響いた。圭吾さんも鳴らしたようである。

 玲はびくっとさせて振り返る。涼し気な顔をして笑う圭吾さんが、クラッカーを握ったまま言った。
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