夫婦ごっこ
「難しく考えないでください。夫婦ごっことでも思えばいい」
「夫婦ごっこ?」
「小さい頃にしませんでしたか? ごっこ遊び。私は妹に付き合わされてよくやっていたんです」
「あれ? 妹さんもいらっしゃるんですか?」
「そうか、言っていませんでしたね。両親の再婚後に生まれた妹がいるんです。正真正銘血のつながった妹だから、私はその存在に随分と救われたんですよ」
「……そうだったんですね」

 義昭の心境を察して少し胸が痛くなった。姉のことを家族として見ることができないから、妹に救いを求めていたのだろう。

「妹とは十歳も離れていますから、昔はよく妹の遊びに付き合ってあげてたんです。お店屋さんごっこだとか、お医者さんごっこだとか、いろんなごっこ遊びをやっていました。その役になりきって楽しむわけです」
「……まあ、それは私もやっていたからわかります。じゃあ、夫婦ごっこっていうのは、夫婦になりきるってことですか?」
「はい。夫婦になりきって、その生活を楽しむんです。大事な秘密は二人の胸の中だけにしまっておけばいい。誰を困らせることもありません。私たちなら同じつらさを分かち合えるから、きっと助け合うこともできる。お互いを大事にする家族にはなれると思うんです。これが非常識な提案だとわかってはいます。でも、それをするくらいには私はあなたを気に入ってるんです。返事はすぐでなくていいから、少し考えてみてくれませんか?」
「……わかりました」

 普通であれば、こんなおかしな提案、考えるまでもなく断るべきだろう。でも、奈央には簡単に断ることも受け入れることもできなかった。義昭の言葉に共感できる部分がたくさんあったのだ。苦しむ義昭を助けられるのなら協力してあげたいとも思う。

 でも、結婚となると当人たちだけの問題では済まない。それぞれの家族ともつながりができる。お互いにすでに苦しい隠し事をしているというのに、さらにそれを増やすようなことをすれば、いずれ取り繕うこともできなくなるかもしれない。それで大事な人たちとの関係を壊すのは嫌だった。

 結局、奈央は考えても考えても正解がわからなくて、義昭の提案にずっと答えを出せないでいた。ただただ回答を先延ばしにすることしかできなかった。
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