夫婦ごっこ
 食事を終えて慶子と別れたあとも義昭はずっと変わらない表情をしている。義昭にとってかなりつらい会話が続いていたはずなのに、随分と落ち着いた微笑みを浮かべているのだ。

 これは絶対に何か裏があると思って、奈央ははっきりとはわからないそれを義昭に問うていた。

「あの、生方さん。今日何かの意図を感じたんですが……」
「さすが、鋭いですね。今日の食事会にあなたを巻き込んだのは意図的なんです。姉に奈央さんのことを、私が猛アタックしている相手だと伝えて、わざと引き合わせました」
「え!? なんでそんなことしたんですか?」

 さすがに予想していなかったことを言われて奈央は驚きの声を上げてしまった。確かに何か仕組まれているような感じはしていたのだが、まさか義昭自らが慶子に自分たちの仲を誤解させるようなことを言っているとは思わなかった。

「あなたと夫婦になりたいと言ったあの言葉が本心だからです。強引な手段を取ってすみません。でも、ちゃんと理由があってのことです」
「理由? 何ですか?」
「一つは私の手を取ってほしいという意思表示をしたかったからです。ここまですれば本気だとわかるでしょう? それにあなたに私の話を信じてほしかったんです」
「話? 話ってどのことですか?」
「私が姉に想いを寄せているという話です。奈央さんは純粋に信じてくれていましたけれど、ちゃんと詐欺ではないことを示しておきたかったので、姉に引き合わせました。本人を前にすれば信じてもらえるかと思ったので」

 確かに慶子を前にした義昭を見て、義昭が彼女のことを好きなのは本当なんだなと思った。きっと普通の人なら気づかないだろうが、彼の想いを知っていて、なおかつその気持ちに共感できる奈央だからわかった。でも、別に義昭のことは最初から疑っていない。信頼に足る人間だと思っている。これはさすがに心配しすぎというものだ。

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