姐さんって、呼ばないで
マンションに着いてすぐに彼女の母親にメールを送った。
『今、マンションにいます。あまり遅くならないうちに送り届けます』と。
こんな泣き腫らした顔で送り届けるのは気が引ける。
原因が何なのかは分からないが、今俺にできることは寄り添うことくらい。
首に抱きついたままの小春の鼓動を感じる。
少し早くて、首にかかるあたたかい吐息も。
再び泣き崩れるんじゃないかと不安になりながら、彼女の背中を優しく撫でる。
鼓動が穏やかになるように、そっと。
「仁くん、……仁くんっ」
「…どうした?……ゆっくりでいいから」
名前を呼んでくれるのは嬉しいが、彼女の声が張り詰めていて。
何も聞かずに背中を摩っていてあげたいけれど、何か言いたいことがあるんじゃないかとも思えて。
「あのねっ……」
「……ん」
「夏祭りでかき氷を浴衣に零しちゃって真っ赤に染まったこととか」
「……っ」
「当たり付きのアイスの棒を仁くんから貰って、交換しに行ったアイスで当たりが出た時のこととか」
「っっ…」
「自分で前髪切りすぎちゃって、仁くんにハートのヘアピン買って貰ったこととか」
「……んっ」
「お揃いのTシャツ、ママさんに買って貰ったのに、画用紙切りながらハサミでTシャツも切っちゃったこととか」
「…ん」
「それからねっ」
「ん」
「それからねっっ」
「もういいよ。……言わなくても分かったから」
彼女が記憶を思い出したのだと分かった。
幼い頃からの俺らの想い出。
妹みたいに可愛くて。
俺に気を許してる彼女が愛おしくて。
守りたい、そばにいたいという感情が、好きだと気付いたのは結構早くて。
小学校に上がる頃には、小春以外の女の子が可愛いとさえ感じなくなっていた。