姐さんって、呼ばないで
白い粉と、想い出の味
六月中旬。
今年は例年より早く、今日明日にも梅雨入りしそうな感じ。
毎日ぐずついた曇天が続き、鬱々とした気分になる。
そんな天気の中―――。
「おい、早くブツを出せ」
ぼそっと呟いた仁の言葉に、周りにいる人々がごくりと生唾を飲み込む。
獰猛な肉食獣のような鋭い眼つき。
ギラつくその眼差しは一点に注がれている。
キラーンッと反射する照明の光。
見事に反り返っているバリ(刃物の先端部分、よく研がれていると反対側に反りが出る)から鋭く研がれた刃先に指先を滑らせ、今にも人を殺めてしまいそうな殺気。
周りの凍り付く気配などお構いなしに、舌先が刃先を這い伝う。
「兄貴」
ドンッと差し出された獲物にグサッと刺さる。
周りにいる人々がヒィ~ッと恐怖に慄いた、次の瞬間。
ゴンッ。
「いっってぇ~~ッ。何しやがるんだっ、ゴラァッ」
「包丁舐めるバカがいるかっ!不衛生すぎんだろっ!!」
担任の最上から一撃を喰らった仁。
ドスを手にしたら、人格が変わっていたのだ。
今日は三限目と四限目のLHRの時間を使って調理実習が行わている。
グループごとに好きなものを作っていいことになっていて、昼休みに後片付けをする算段。
仁と鉄、小春と詠と他数人を含めたグループは、お好み焼きを作ることになっていて、今まさに材料を切り分けるところ。
仁はよく研がれた包丁を手にし、ここが学校だということも授業中だということもスコーンと抜け落ちてしまったのだ。
「仁さん、切るのは私がやります」
「…悪い」
何ともいたたまれない空気を打ち破ったのは、小春の一言だった。