姐さんって、呼ばないで

「えっ、ちょっ……っっ」

仁は長い腕の中に小春を閉じ込め、小春にフライパンを握らせ、その手に自身の手を重ねた。

「一、二の、三でひっくり返すぞ」
「へ?」
「行くぞ?……一、二~のっ、三!」

仁の掛け声に合わせ、小春は勢いよく手首を返し、分厚いお好み焼きを仁と共にひっくり返した。
周りの女子の視線が熱い。
けれど、密着する背中はもっと熱い。

「さすが、兄貴!露店(バイ)で培った技っすね」
「よーし、次のも仕掛けんぞ」
「うぃっす」

桐生組は昔からお祭りでお好み焼き屋を的屋(露店)として出しているらしい。
失ったはずの記憶なのに、彼が作るお好み焼きは何となく記憶に残ってる気がした。

キャベツがたくさん入っていて、ふわっともちっとした食感で。
香ばしくて、出汁が効いている本格的な味。

今日のは、鉄板で焼かれたものとは少し違うけれど、彼にレクチャーされて何度も作ったような記憶が過った。

もしかしたら、彼を手伝いに行ったのかもしれない。
もしかしたら、彼の家で一緒に作ったのかもしれない。
もしかしたら、もしかしたら……。

忘れているだけで、私は彼とたくさんの時間を共に過ごして来たのだろう。
その中で少しずつ彼を知り、彼を好きになったはず。

記憶を失っていても、何となく分かる。
極道だからとか、三歳も年上だからとか関係なくて。
『桐生 仁』という人間と私は、しっかりと向き合って過ごしていたのだと。


仁さんと鉄さんが次々と手際よく焼いてくれる。
他の班の子達も羨ましそうに見つめる中。

「えっ、何でうどん?!焼きそばじゃないの?」
「隠し玉だ。うどんの方がもっちりした食感になるし、小春は焼きうどんの方が好きだから」

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