姐さんって、呼ばないで


海水浴を提案してくれた詠ちゃん。
私が夏休みの間、桐生家にお世話になっている話をした上で、彼との過去に向き合ういい機会だと。

体に刻まれたサーフィン技術はもちろん仁さんから教わったもの。
これまでのことを振り返ると、常に彼と過ごした時間が主軸にある。

この機会に彼をもっとよく知ろうと思って。

旅館を出る際に日焼け止めはもちろんして来た。
だから、彼に日焼け止めを塗って貰うというのも口実に過ぎない。

詠ちゃんと美路ちゃんが気を利かせて、私と仁さんを二人きりしてくれたようなもの。
そんな二人の気遣いを無にはできない。

「くすぐったいだろ」

そぉっと触れる手が優しすぎて、思わず身じろいでしまう。

「水着のあとが残ると恥ずかしいから、たっぷり擦りこんで下さいっ」
「……」

ピタッと止まった彼の手。
私、何か変なことでも言ったのだろうか?

あっ、そうか。
『擦りこんで』なんて、男性に頼むワードじゃなかった。
顔が見えないから恥ずかしさが幾分抑えられている気がするけれど。
もう会話するのも怖くなってくる。

「小春」
「……はぃ」
「誰かに見せる予定あんの?」
「……え?」
「今、あと残ると恥ずかしいって」
「……」
「うちで生活してて、見せれる相手って言ったら、母さんくらいだよな?」
「……」
「俺が知らないだけで、他にも海に来る予定が入ってるとか?」
「……っっ」

仁さんの手が止まったのは、『擦りこんで』というワードではなく『残ると恥ずかしい』という方が重要だったようだ。

「ないですよ、予定なんて。言葉のあやみたいなものですからっ」
「……ハァ~~ッ、マジでビビらせんなよ」

安堵した彼は、私の背中にこつんとおでこを預けた。

「見せんのも、触れさせんのも、俺だけにしてくれ」
「っっっ」

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