いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】

ep6 腕に呪いを受けし者

「篠原、ちょっといいかな?」

 休み時間中、読書をして過ごしている咲乃に一人のクラスメイトが声をかけた。クラスメイトの名前は、重田陽介(しげたようすけ)といった。彼は神谷の次に、親しくなった友人だ。他の男子のように咲乃に嫉妬したり、咲乃にあやかって女子にモテようというような下心なく接してくれる。

「ん、どうしたの?」

 咲乃が本から目を離して穏やかに問いかけると、重田は数学の教科書を咲乃に見せた。

「この問題がどうしてもわからなんだよ。よかったら、教えてくれないか?」

 サッカー部でエースを務めている重田だったが、数学が少し苦手だ。このままだと定期テストが危ういと、咲乃を頼りにしてきたのだ。

「うん、いいよ。ここはね――」

 咲乃が重田の勉強をみていると、二人の背後から神谷の顔がひょっこりと覗いた。

「お前ら、勉強やってんのかよ。せっかくの休み時間なのにもったいねーな」

 重田は文句あるかと神谷を睨んだ。

「今のうちに苦手分野をつぶしとかないと、テストのときに苦労するだろ」

「テストねぇ。んな、直前でやりゃあいいじゃん」

「ばーか、そんなこと言ってるから、後々後悔すんだって」

「後々ってなんだよ?」

「受験とか」

 大真面目に言う重田に、神谷はひぇーと嫌そうな声を上げた。

「俺たちまだ2年だぜ? もう受験のこと考えてんのかよ!」

 神谷は心底嫌な顔をしてしゃがみ込むと、咲乃の机にあごを乗せる。
 
「重田には、行きたい高校があるの?」

 偏差値の高い進学校を目指すのであれば、既に受験を意識していてもおかしくはない。咲乃が興味を持って尋ねると、重田は照れくさそうに頬をかいた。

「静岡の方にサッカー部が強い高校があるんだよ。スポーツ推薦で入れればいいけど、受験勉強も視野に入れないとと思ってさ。篠原は、高校とか考えてる?」

「俺は一応、桜花咲(おうかさき)学園高校にしようと思ってるよ」

「桜花咲ってマジ!?」

 重田が身を乗り出して尋ねると、咲乃は困った顔で笑った。

「そんなに大げさなことでもないよ。重田みたいにやりたいことがあるわけではないし」

「そんなことないだろ。桜花咲を受けるってだけで、十分すごいことだと思うんだけど!」

 重田は目を輝かせて、咲乃を尊敬したように見つめた。

 二人のやりとりを眺めていた神谷は、強く机を叩き、勢いよく立ち上がった。

「んじゃ、俺もそこにしよ」

「いや、おまえじゃ無理だろ」

 神谷の宣言に、すかさず重田の突っ込みが入った。

「桜花咲って、偏差値70以上ある難関私立校だぞ。バカが行けるわけないだろ」

「わかってねーな。この俺にどれだけの可能性に満ちあふれてるかってことをよ」

 神谷はどんと胸を張った。

「かの偉大なプロレスラーも言ってたぜ。“元気があれば何でもできる!”ってな。んじゃ、トイレ行ってくるわ」

 咲乃と重田は神谷の後姿を見送り、嵐が去ったようだと感じていた。

「篠原、おまえ厄介な奴に気に入られたな」

 重田に言われて、咲乃は何とも答えず曖昧に笑った。





「篠原くん、桜花咲を目指してるって本当?」

 美術の授業中、山口彩美(やまぐちあやみ)は、となりに座る咲乃に話しかけた。各自、好きなものを持ってきて、それをモデルにデッサンをするという内容の授業だったが、咲乃は教室の花を持って来たようだ。普段、教室の風景に溶け込んで忘れられているその花は、透明な一輪挿しの中で、淑やかな純白の花びらに日の光を受けて美しくきらきら輝いている。

「うん、本当だよ」

 咲乃は視線を花に向けたまま、手を止めずに応えた。長く細い指で鉛筆を持ち、手早く手を動かして、白い画用紙に美しい花を咲かせている。彩美はうっとりとその手を見つめた。気を抜くと、咲乃の繊細な手の動きに見惚れてしまいそうだった。

「すーごい! もう受験のことまで考えてるなんて、篠原くんさすがだなぁ!」

 彩美はつぶらな大きい瞳をきらきら輝かせて、咲乃を尊敬するように見つめた。実はこの時、彩美は内心焦っていた。咲乃が転校して来てからもう何日も経つが、未だにふたりの関係には進展がない。折角くじ引きで同じ班になったのだ。関係を進展させるとしたら、今、この時しかない!
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