いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】

ep56 黒い渦

 高木からの嫌がらせは日に日に酷くなり、今までは陰口や嘲笑のみだったのが、実害も伴うようになった。
 学校に行けば毎日必ず嫌がらせを受けた。先日は、上履きの中に画鋲が入っていたし、その次の日には、自分の持ち物が水溜まりに捨てられた。嫌がらせは、授業中も構わず行われた。教室で授業を受けていると、虫の死骸が頭から落ちてきたこともあった。

 しかし、安藤智子(あんどうともこ)は誰にも相談しなかった。増田への信頼はあの一件で失っていたし、親に相談する勇気はなかった。とにかく大ごとにはしたくなくて、卒業までの辛抱だと、ただ何も言わずひたすら耐え続けていた。



「すみません。冥叶(メイト)さん、ですよね」

 学校の帰り道、突然、背後から人に話しかけられた。マスク越しのくぐもった耳慣れない男性の声だった。

 一瞬にして全身の血の気が下がり、恐怖で頭が真っ白になった。後ろを振り返るのも怖くて、その時はただがむしゃらに走って帰った。幸運なことに、男は追いかけてはこなかった。

 飛び込むように家の中に入り玄関に鍵をかけると、ハァハァと荒い息をしてそこで一気に力が抜けた。薄暗い玄関に座り込み、心臓が落ち着くまでじっとしている。未だに全身が震えている。冷や汗が止まらず、鳥肌が立っていた。

 家の中は一人だった。両親は働いているし、3つ上の兄も大学生になってから遠くで一人暮らししている。
 今あったことを話せる人が、誰もいない。この恐怖や不安を、共有できる人が……。

 壁伝いに立ち上がり、ふらふらと自分の部屋へ向かう。ベッドに腰を下ろすとスマホを取り出し、いつも使っているSNSを開いた。

 アカウント名は、“冥叶”。趣味のイラストを投稿しているアカウントで、登録者数は10人程度。ペンタブは持って無かったから、紙に描いたイラストをちまちま上げるだけのアカウントだった。



『今、知らない人に声をかけられた。すごく怖い……だれか助けて……。』




 震える手で、送信ボタンを押す。普段、返信もいいねもつかない、壁打ちと化したアカウントだ。誰かに反応してもらえるなんて思っていなかった。それでも、どこかに吐き出さないと、恐怖に押しつぶされそうだった。


 ピコン♪ スマホが鳴った。智子は、驚いて通知欄を押す。驚いたことに、フォロワーから返信が来ていた。

『あんなアカウント作っといて、自業自得じゃね?』

 普段交流のないアカウントからの返信に、智子は戸惑う。そもそも、“あんなアカウント”とはどういう意味なのか。

 智子は困惑しつつ、“冥叶”の名前でエゴサした。同名のアカウントが並ぶ。どれも名前が被っているだけで、普通のアカウントだ。タイムラインをスクロールしていくと、一件のアカウントの投稿に目が留まった。

 いわゆる出会い系。男性を誘うようような文面と共に、同い年くらいの少女の下着姿が写された画像が載せられている。
 ハッシュタグの『#ブスでもいいよって人と繋がりたい #ブス専 #処女 #オジサン好き #JC #隠し撮り #ぼっち』の文字が、なんだか生々しかった。

 そのツイートに目を止めた瞬間――智子は戦慄した。目のところはスタンプで隠されているが、顔の輪郭や体格、雰囲気ですぐに分かる。

 自分だ。

 上げた覚えのない自分の画像。よく観ると、隠し撮りのような不自然な角度で取られている。場所も教室、更衣室やトイレなど、学校での日常を切り取ったものばかりだった。

 アカウント名を見る。“冥叶♡裏垢”。アイコンは、自分が使っているものと同じ。

 震える手で、“冥叶♡裏垢”のプロフィールへ飛ぶ。そこには、智子の自宅の住所が記載されていた。

 こんなことするのは、あの女しかいない。学校で撮られている時点で、すぐにわかった。

 画像はおろか自宅の住所までも晒されて、そのせいでこんなに怖い思いをした。たまたま今回は運良く逃げられただけで、もしかすると事件に巻き込まれていたかもしれない。それに、このアカウントがある以上、安全に外には出られない。

 もう、限界だった。我慢の限界だ。あの女のせいで怖い目にあった。あの女のせいで、身の危険にさらされた。

 高木(あの女)のせいで――。
  

 どうせ、“冥叶♡裏垢”の方にDMを送ったところで返信などこない。クラスのLINEグループにも入っていないため、高木の連絡先だって知らない。
 だから、学校に来た。外へ出るのは怖かったが、それでも。

 教室はいつも通り賑やかで、高木の耳障りな笑い声が、周囲の迷惑も顧みずに響いている。
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