いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
「神谷くん、何で桜花咲を受験しようと思ったんですか?」

 わたしにとっても、桜花咲高校は憧れの学校だ。好きなマンガの舞台ということもあって興味があるのだ。

「そりゃあもちろん、篠原が行くからだろ」

「えっ、そんな理由でですか!?」

 平然と言う神谷くんに、わたしは驚いてしまった。つまり神谷くんは、篠原くんを追いかけるために受験するつもりなんだ。

「でも、桜花咲ってかなり倍率高いじゃないですか。大丈夫なんですか、本当に」

 もちろん、第二志望とかも考えているかもしれないけど、桜花咲を受けるってかなりの勇気がいるんじゃないかな。偏差値を見るだけでもしり込みしてしまうのに。

「大丈夫もなにも、受かるに決まってんだろ。そのために受けるんだからさ」

「はぁ」

 わたしの口から気の抜けた声が出た。

 神谷くんって、時々言ってることわかんないんだよな。「受かるために受ける」ってなにそれ、宝くじは買わなきゃ当たらない、みたいなこと? というか、なんで受かる前提? その自信はどこから出てくるの?

「神谷くんはすごいですね。篠原くんが行くからって、自分も桜花咲に決めちゃうだなんて」

 神谷くんの謎の自信はさておき、桜花咲を受けようと思たこと自体はすごいと思う。実際、神谷くんはちゃんと頑張ってると思うし。

「そこまでしねーと、篠原の親友って言えねーからな」

 楽しそうに笑った神谷くんの顔を、わたしはぽかんとして見つめてしまった。

 篠原くんの、“親友”。それは、神谷くんがことあるごとに何度も自称していた。

 ……そっか、神谷くんは、ただ篠原くんを追いかけたいんじゃなくて、篠原くんと対等(・・)でいたいんだ。

 すごいなぁ、神谷くんは。
 篠原くんの本当の親友になるために、努力してるんだなぁ。

「トンちゃんだって、受ければいいじゃん。桜花咲」

「えっ!?」

 神谷くんを心から尊敬していると、神谷くんがいたずらっ子みたいな顔で笑いながら、とんでもないことを言ってきた。

「む、むむ無理ですよ! わたしに桜花咲だなんて!」

 いきなり神谷くんは何を言い出すんだろう。勉強のしすぎでおかしくなっちゃったんじゃないの?

「そんなことねーだろ。トンちゃん勉強できるし、意外と簡単に受かるんじゃねーか?」

「いや……でも……」

 わたしは元々勉強苦手だったし、最近少しできるようになったくらいの実力だ。それなのに桜花咲だなんて……。

 わたしがうじうじ考えていると、神谷くんはやれやれと頭を振った。

「トンちゃんはダメだなぁ」

 呆れたように言われて、わたしは「うぅ」とうめき声を漏らしながら小さくなった。

「トンちゃん、何のために勉強頑張ってんだよ」

「な、何のためにって……」

 それは、だって、篠原くんが教えてくれるから。課題だって出してくるのは篠原くんだし、わたしはいつも、篠原くんの課題をこなすのに精一杯で――。

 いや違う。きっとこれは言い訳だ。勉強をやってきたことを篠原くんのせいにするなんて、自分が仕方なく(・・・・)やってきたみたいに。

 勉強はほどほどでいいと言えば、篠原くんだって無理強いしたりはしなかった。もっとペースを落とすよう調節してくれたはず。でも、わたしは篠原くんにそんなお願い、一度もしたことはない。

 ……なんでだろう。あんなに嫌だったのに、結局なんだかんだで頑張ってしまうのは。

「……楽しかったから」

 色々ぐるぐる考えて、ようやく出てきた言葉に、自分でも驚いてしまった。

 楽しかったから? 楽しかったから。

 何度も同じ言葉を心の中で反芻して、咀嚼した。意外なことに、この言葉がしっくりくる。

 嫌になることもあるけど、なんだかんだ言って篠原くんと勉強するの、楽しいんだよな。

「ならいいじゃん」

 神谷くんは、何が問題なんだと言わんばかりに肩をすくめる。そして、楽し気にニヤっと笑った。

「トンちゃんも、俺たちと一緒に桜花咲行こーぜ?」

 篠原くんと、神谷くんと一緒に?

 行けたらきっと楽しそうだな、なんて考えてしまった。すごく倍率の高い学校なのに。

 だけど興味もあるし、日高先生も、学校選びはフィーリングだって言ってたし。

 ちらりと日高先生の方を見ると、先生はわたしの背中を押すように微笑んだ。

「……そうですね」

 本当にわたしが目指して良い学校なのかは、わからないけれど。

「考えてみます」

 少し調べてみるくらいなら、良いかもしれない。
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