いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】

 放課後、咲乃は増田に呼ばれた。教卓に近づくと、担任は要件を話し始めた。

「篠原は、まだ係が決まっていなかったよな。悪いが、ついでにこれを津田の家まで届けてくれないか?」

 担任から渡されたのは、A4サイズの茶封筒だった。封筒には封がされておらず、開いたままになっている。

「これを津田さんに、ですか」

「あぁ。長いこと欠席になっている女子生徒だ。困ったことに、いくらメッセージを送っても見ていないようでな、学校の知らせが届かないから、毎回誰かに頼んでプリントを届けてもらっているんだが……まぁ、どうもみんなやりたがらなくてな。篠原は、津田の家にも近いし、クラスの一員として協力してもらえないか?」

 たとえ、津田成海が学校の連絡事項のメッセージを見ていなくても、両親の方へも連絡は行っているはず。わざわざ、こういった連絡事項を生徒に届けさせているのは、不登校生徒とクラスメイトを交流させたいという担任の意図があるからなのだろう。
 それが果たして効果があるのかどうかは、現状を見れば一目瞭然だ。みんな、家のポストに投函するから、交流もなにもあったものじゃない。きっとこれは、担任が不登校生徒に何かしらはやっている(・・・・・・・・・・)と見せるだけのポーズにすぎない。

 咲乃は瞬時にそこまで思考を巡らせると、穏やかな顔をして微笑んだ。


「分かりました。津田さんに届けてきます」

 咲乃の返事を聞いて、増田先生は安心したようにうなずいた。

「篠原なら、そう言ってくれると思っていたんだ。頼んだぞ」

 咲乃は、自分の席に戻ると、担任から受け取った茶封筒を折り目がつかないよう注意しながらカバンの中にしまった。

「この後、津田ん()?」

「ん。丁度、俺だけ係が決まっていなかったから」

 咲乃が頷くと、神谷は同情するように咲乃を見た。

「面倒な役割押し付けられたな、おまえ」

 神谷の反応を見ても、津田成海の家にプリントを届ける役は、周辺に住む生徒たちにとって罰ゲームのような扱いであることがわかる。2年生に進級してから一度も出席せず、名前だけが在籍しているクラスメイトなど、誰も関わりたいとは思わないのだ。

「別に。クラスの決まりごとなら仕方がないよ」

 転校したばかりで日が浅い咲乃には、不登校の女子生徒に不気味だという感覚はない。“そういう係”を頼まれたのなら仕方ない。帰り道に寄るだけなら対して苦でもないし、代わりに他の面倒な係をあてがわれるよりは良いとさえ思っていた。

「津田成海って、噂じゃあ、1年のクラスでいじめられてたらしいぜ。それが原因で不登校になったんだと」

「そう」

 神谷の話は、特別驚くものでもなかった。むしろ、不登校の理由としては一番ありがちだとさえ思う。咲乃が興味なさげにそっけなく返すと、神谷はにやついた顔で元気よく咲乃の背中をたたいた。

「そういうことだから、まぁ、頑張れ。俺はこれから部活だから」

 他人事だと思って呑気に言うと、神谷は咲乃に「またなー」と手を上げて、教室を出て行った。

 咲乃はスマホを取り出すと、担任から教えてもらった住所への道順を調べた。いつも通っている道から、多少逸れるだけだ。道順なら一回で覚えられる。
 ただ封筒を、ポストに投函すればいいだけの簡単な役割だと思っていた。マンションのエントランスで、買い物帰りの津田成海の母親と鉢合わせるまでは。
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