いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
「変に注目させてしまったこと。中本さんはそう言うの嫌そうだから」

「そ、そんな! 篠原くんのせいじゃないよ!」

 結子は勢いよく両手を振って否定した。二人きりになってしまったことへの気まずさと、手紙を書いたのを咲乃にばれてしまったことへの恥ずかしさが、結子を逃げ出したい気持ちにさせる。

 今考えてみたら、あの手紙は結子の中では黒歴史だ。接点もない人気者の男の子にあんな手紙を書いて、勝手に他人(ひと)の机の中にいれるなんて。

 咲乃は小さく息をつくと、悲しそうに目を伏せた。

「中本さんに迷惑をかけたのは事実だよ。……でも、これ以上は、もっと迷惑だよね?」

 長い睫毛から、弱ったような瞳がそっと覗く。その表情があまりにも儚くて、結子はつい目が離せなくなってしまった。

「中本さん、俺のこと苦手そうだし……」

「そっ、そんなことない! わっ、私、篠原くんと話したいよ!」

 悲し気に笑う咲乃に、思った以上に大きな声が出て、結子は自分の発言を今更自覚した。顔中に熱が集中して、全身が震える。今すぐどこかへ行ってしまいたいと思うほどに恥ずかしかった。

「良かった。俺、中本さんに嫌われているんだと思ってた」

「えっ……?」

 安心して笑う咲乃の顔を、結子は信じられない気持ちで見つめた。あんな手紙を書いて、むしろ引かれたと思っていたのに。

「中本さんに手紙をもらった時に、こちらの方こそお礼を言おうと思ったんだけど、中本さん逃げちゃって……。もしかしたら、触れてほしくなかったのかな、と思って……」

 結子は驚くあまり言葉を失った。
 誰が書いたのか分からない手紙なんて、もらっても嬉しくないことに気づいたのは、やってしまった後だった。
 あんな手紙にお礼なんていらない。結子の自己満足でやったことなのだから。

「そう言えば中本さん。もう指に赤い糸を巻いてないんだね」

「えっ……」

 結子は思わず、自分の左手の小指を隠すように、右手で包んだ。

「そ……その……」

 結子は、手をもじもじさせながら、蚊の鳴くような声で答えた。

「……必要が無くなった、から」

 あれが、恋のおまじないだということを咲乃が知るはずはない。その相手が、今目の前にいる人であることも。

 俯いている結子に、咲乃は優しく笑いかけた。

「よかったら、一緒に教室まで戻らない?」

 咲乃の誘いに、結子は戸惑いながらようやく小さく頷いた。






「まさかお前が、中本さんみたいな子がタイプだったなんてなー」

 昼食の時間、神谷はにやにや笑いながら軽く小突くようにして咲乃の足を蹴った。

「何の話?」

 咲乃が表情を変えずに嘯くと、ますます神谷は知った顔をして楽しそうに笑った。

「だってそうだろ? お前が女子に声かけるなんて珍しいじゃん。どう考えても気があるとしか思えねぇ」

「考えすぎ」

「どうだかな。中本みたいなお淑やか系、好きそうじゃん」

 久しぶりに面白いネタが手に入ったと思っているのだろう。楽しくて仕方がないという顔で、咲乃の顔を観察している。

「中本さんは普通にいい子だと思うよ。友達(・・)として親しくしているだけ」

「友達だぁ? お前の友達基準は高すぎ――ちょっとまて、お前のから揚げだけでかくね?」

 唐突に話題が変わったと思ったら、神谷は咲乃の皿の中を覗き込んだ。所詮、神谷に恋愛などというものへの興味は、唐揚げには敵わない。

「そうかな。同じだと思うけど」

「いいや、これ絶対、給食係の贔屓だろ。な、俺のと交換しようぜ」

 神谷の箸が伸びる。咲乃はすかさず、神谷の手首を掴んだ。

「だめ」

「いいだろ、一個ぐらい」

「だめ、ピーマン残してる」

「ピーマンなんかどうでもいいんだよ。俺は、育ち盛りなんだ」

「育ち盛りなら、好き嫌いしない」

「んだよ、ケチ!」

 どう見ても同じ大きさのものを、違うと言って駄々をこねたのは神谷の方だ。しばらくにらみ合った後、未練がましく咲乃の唐揚げをものほしそうに見つめる神谷に、仕方なく咲乃が折れた。

「ピーマン食べたら、全部あげる」

「おっけー、乗った」

 神谷は詰め込むようにして、口いっぱいに苦手なピーマンを頬張った。約束通りお皿の中をきれいに完食すると、咲乃は自分の唐揚げを全部神谷にあげた。

「やっぱり持つべきものは篠原だな!」

「お前に持たれても、こっちに何のメリットも無いけどね」

 咲乃が呆れて言い返す。突然、鋭い視線を感じて、咲乃は教室を見渡した。

「どしたー?」

 牛乳パックにさしたストローをくわえて、神谷が尋ねた。

「ん、何が?」

 咲乃は笑って誤魔化した。神谷は訝し気な顔をしたが、再びいつものように話し始めた。
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