いじめられ少女が腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】
「結子に対してもそう、あんたにとって結子は私を捕まえるための、ただの道具だったんだ。あんたが好きだった結子の気持ちを考えもしないで。そんなあんたが、正義のヒーローヅラしてんじゃないわよ!」

 咲乃が結子に目を向けると、結子は悲しみに満ちた目で咲乃を見返した。咲乃はすぐに視線を外した。

「そうだね。俺は、中本さんの好意を利用した」

 結子が足元をふら付かせながら後退るのがわかる。咲乃は、結子の顔を見ずに続けた。

「直接、田中さんを問い詰めれば、簡単に言い逃れされてしまうと思った。だったら、田中さんと仲のいい中本さんを利用して、徐々に田中さんを追い詰めていった方が確実だった。中本さんの気持ちはすごく分かりやすかったから、近づくのは簡単だったし、わざと意識させるようにして俺が中本さんを振った時――、必ず田中さん(きみ)に助けを求めるだろうと踏んでいた」

 そして、事実その通りになった。
 理央のプライドは、咲乃をこれ以上神谷に近づかせることを良しとしなかった。振られて傷ついていた結子を説得し、一緒に神谷の元へやって来たのだから。
 理央は、咲乃に神谷の髪を送りつけ、「これ以上、私のお願いを聞かなければ、神谷を傷つける」と脅しをかけるつもりだった。

「否定しないんだ。私を誘い出して証拠を得るためだけに、この子の気持ちを散々弄んで利用してたんだ?」

 理央の口から笑いが溢れる。

「――本当に最低ね」

「お互い様、でしょ?」

 理央が吐き捨てる言葉を、咲乃は淡々と返した。

「田中さんだって、中本さんを利用してたんだよね? おまじないごっこに付き合わせて、こんな事までしているのに?」

「私は別に、結子を傷つけてなんかない!」

「では、中本さんの筆跡をまねたのはなぜ?」

 咲乃は、かばんから理央が送った手紙と、結子からもらったメッセージカードを取り出した。

「中本さんがくれた手紙と、今まで田中さんが送ってきた手紙の筆跡を見比べれば、中本さんの文字をまねたものだとわかるのに、傷つけてないって嘘でしょう。本当は、中本さんの恋愛なんて、田中さんにはどうでもよかったんだよね。俺を嫌っているのに、親友(・・)の恋を応援できるはずがないもの」

 今まで理央からもらった手紙を、咲乃は一斉にばらまいた。ひらひらと踊る様に落ちていく手紙の奥で、理央は私憤に戦慄いていた。

「おまじないに必要だと言えば素直に従うのを良い事に、神谷の髪を中本さんに切らせるつもりだったんだ?」

「ッタが――」

 俯いた理央が震えた声で言葉を吐いた。

「アンタが、神谷くんを傷つけるからよ!」

 理央は歯の奥から絞り出すように言った。

「アンタが来るまでは、神谷くんはもっと自由だった。誰とでも仲良くできて、彼が特定のグループにいることもなかった! みんな平等に接して、私にも話しかけてくれて――、それなのに、アンタが転校してから、神谷くんはアンタにばっかり構うようになった。それが嫌でたまらなかった。アンタを庇うせいで神谷くんが傷ついて、嗤われて、馬鹿みたいに振る舞って、アンタがどれだけ神谷くんを傷つけているか知りもしない。それが凄く許せない。アンタなんか神谷くんと一緒にいて良い人間じゃない!!!!」

 理央は激しく息を切らして、全身を震わせて咲乃を睨みつけた。
 窓から差し込む夕暮れの光が病室に長い影を作る。木々の葉が風を受けて揺れた。

「俺も、自分は神谷といて良い人間じゃないって思ってるよ」

 咲乃は深く長い息を吐くように、静かに答えた。

「こいつには世話になっているし、守ってくれているんだとも分かってる。いつもこいつのせいで迷惑を掛けられているけど、俺だって神谷に迷惑を掛けているんだって」

 咲乃の瞳の中は、静かで仄暗く清らかだった。その情動を写さない瞳に、理央は思わず魅入られた。
 咲乃は音もなく理央へ近づく。冷たい空気が流れるように。気配すら感じなかった。

「だから、俺も神谷(こいつ)を守らなきゃ」

 咲乃は理央に手を伸ばした。

「こんなこと、知られたくないんだ。さすがにこいつだって困るだろうから」

 理央の手が緩んだのを見計らって、咲乃は鋏を取り上げた。理央は膝から崩れ落ちて、両手で顔を覆って泣いた。
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