麗華様は悪役令嬢?いいえ、財閥御曹司の最愛です!
 悪いことは重なるとはよくいうもので、散々に落ち込んだ私には、さらに試練が待ち受けていた。
 午後の休憩を終えた直後、事態が発覚した。

「東堂さん! クライアントから苦情が来ています!」
「え!?」
「待ち合わせ場所に1時間待機しているのに社長がいらっしゃらないと」
「ええ!?」

 電話をして確認すると、先週に「今日に昼食会談を約束していた」と言われた。急いで手帳を捲ると、殴り書きの文字で今日の日付と昼食会場が記してあった。完全に私のミスだ。急ぎ社長に確認を取り、社長は現場に急行してもらう。どうしてもさらにお待たせしてしまうのでお詫びの連絡を再びいれ、午後のスケジュール調整に奔走した。遅れてお詫びの品と共に駆けつけ、平謝りしたが、相手方は納得せず、結局相手方に有利な条件で今後の商談を進めることになってしまった。

「申し訳ありません……」

 取引先からの帰り道、私は正臣さんに頭を下げた。
 こんなミスをするなんて……。秘書を始めたのは五年前。右も左も分からなかったあの頃とは全く違う。どこかで油断していたのだ。色々な人に迷惑をかけてしまった。何より正臣さんにあんなに何度も頭を下げさせてしまった。婚約者としてだけでなく秘書としても失格だ。

「麗華、大丈夫?」
「はい。本当に、申し訳ありませんでした」

 魚が嫌いな正臣さんのことを、今までどう見てきたのだろう。社長として奔走する彼を支えようと、秘書として努力してきた。でも婚約者として、彼の身体を心配したことはあっただろうか。食事の好みも好きな色も、取引先のおじさまたちなら分かるのに、正臣さんの趣味は分からない。
 結婚式の予定が立っていないのも全く気にしていなかった。噂も気にしていなかった。
 
 そんな仕事ばかりの私が、ミスをしたら、もう救いどころがないじゃない。

「正臣さん」
「ん?」
「婚約破棄、してください」
「はっ?」
「秘書の仕事も退職致します。今までご迷惑ばかりおかけして、申し訳ありませんでした」

 黒塗りの車中で、できる限り頭を下げた。退職届はこれから書こう。北大路のおじさまやおばさまにも誠心誠意謝ろう。そう決意して滲む涙を流さないよう、ぐっと眉間に力を入れる。

 しかしいつまで経っても正臣さんの返事がない。顔を上げると、いつもクールな仕事中の正臣さんでも、優しく私を気遣う正臣さんでもない彼がそこに座っていた。とてつもない負のオーラに恐怖を感じ、言葉を発することなど出来ない。こんなに怒っている彼は、今まで見たことがあっただろうか。

「無理だ」
「……え?」
「絶対に離さない」

 車がトンネルを走行していて、彼の顔がよく見えなくなる。だが、ぎらりと光る彼の眼差しは、私を捉えていて目が離せない。

「君が望むことは何だって叶えてあげる。でも、俺から離れることだけは無理だ」
「!」

 彼が私の手を握った。その強さに恐怖さえ感じる。

「婚約破棄は、絶対にしない」
< 6 / 14 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop