唇から始まる、恋の予感

通い合う心

毎日、毎日、朝起きたら昨日の記憶が消えていてくれないか、起きたことは夢であってほしいとそればかりを考えていた。
実家で過ごした一週間は、私にとっても、家族にとっても新しい一歩を踏み出す切っ掛けとなった。
自分の時間だけじゃなく、家族の時間まで止めてしまっていた私だったけど、これからは前を向いて歩いていくと誓った。
いじめられたことに囚われ、過去を引きずることで、自分が被害者で可哀そうな子なんだから、優しくされるのは当たり前と思ってこなかっただろうか。いつまでも下を向いて歩き、昇る太陽、移り変わる季節に目を向けず、年齢だけ30才になっても、中身は中学生の時から時間が止まっている。いいことなんか何もないのに、そんな簡単なことも気が付かなかった。
私は整形をして綺麗になれば、いじめた子達に復習が出来ると信じていた。そんなことは全く意味がなく、本当の復讐は私がいじめなんかもろともせず、その子達の誰よりも輝いて楽しい人生を送っていることが一番の反撃だったんだと気づいた。
一週間実家で過ごし、母親をショッピングに誘い、ランチをして笑う私を、母親は涙を浮かべて笑っていた。
私は自分だけじゃなく、家族みんなの笑顔も奪ったくせに、被害者面をしていた自分が憎たらしい。

「お母さん、私ね、好きな人がいるの」
「え?……えーーー!!」

突然の告白に、母親はのけぞってびっくりしていた。そのあとは部屋をウロウロして落ち着かず、私が座るようにと言ってやっと落ち着きを取り戻した。

「どんな人なの!!」
「えっと……部長さん……」
「部長ってどんだけ年上なのよ!お母さんは反対」

綾香と同じ反応だけど、部長という役職は、世間ではかなりの年上と見るのだろう。

「38才よ」
「えええ!! 凄く優秀」

母親は部長のことを根掘り葉掘り聞いてきたけれど、部長のことは何もしらないし、私が教えてもらいたいくらい。
どうなるかは分からないけれど、気持ちを大切にしたいと母親に伝え、これからのことを手紙に書いて置いてきた。
面と向かって話すのは照れてしまうし、それに泣いてしまって話にならないような気がするからだ。
私の部屋に置いてきた手紙は、すぐに見つけたらしく、母親から「大切な娘へ」と長いLINEが来た。
それを何度も読み返し、涙しては気持ちを新たに前を向こうと誓う。
一週間、たった一週間だったけれど、私の止まっていた10年以上の歳月は、やっと動き出した。
自宅マンションの部屋を片づけ、綾香と買った大量の私を着飾る者たちを収納する。黒に紺、ベージュと色のないワードローブは、明るい色も加わりカラフルだ。
明日は一週間ぶりの出勤だけど、全てをチェンジして行くにはまだ無理がある。ヘアスタイルは変えたから、バッグと靴を変えて、アクセサリーを着けよう。そして顔を隠すために必要だっためがねも外してゴミ箱に捨てた。

「これでいいわ」

部長は変わった私に気が付いてくれるだろうか。

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