唇から始まる、恋の予感
「係長、白石さんは?」
「体調がすぐれないと言って、早退しました。顔が真っ青だったので心配なんですが」
「そうですか」

白石が帰ってからそんなに時間はたってない。今追いかければ追いつくはずだ。

「悪い、少し席を外す」

上司らしからぬ行動だったが、どうにもならなかった。
一気に下まで降りて周りを見渡したが、白石の姿はない。

「もう駅か……?」

一足遅かったかと思ったとき、社用のスマホが鳴った。

「なんだよ、こんな時に」

仕事だ、仕方がない。

「はい、大東です」
「医務室の植草です」
「ああ、お疲れ。どうした?」
「白石さんが来たの。今眠ってるわ」
「すぐ行く」

五代と植草には、彼女の話をしていた。サラリーマンである以上、業務指示には従わなければいけないが、転勤命令が彼女に出ている訳でもないのに、俺が付いてきなさいと言ったところで、付いてくる訳がない。
白石に対して恋愛感情を持っているのは俺だけで、白石は上司としか見ていない。そんな状況なのに、アメリカに行こうなんてハードルが高すぎる。
いい大人が恋愛相談をするなんて馬鹿らしいとか、アメリカという遠く離れた場所に行く俺に、そんな悠長なことは言っていられなかった。
白石の様子も聞きたくて、二人には話していた。

「白石は?」
「静に……眠っているわよ」
「そんなに体調が悪かったか?」
「彼女がいるから詳しい話はあとでね。心配していると思って連絡したの。とりあえず報告だけ」
「ああ、ありがとう」

カーテンで仕切られた中に白石はいる。俺に出来ることがあれば、何でもしてやる。
この出来事があって更に俺は、白石を支えてやりたくなった。

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