俺様御曹司からは逃げられません!
 傷心の楓にとって、仕事はいい気分転換になった。
 親戚なだけあって絢人とよく似た顔立ちの柊吾を見ては、時折切なくなることもあったが、それもほんのひとときだ。
 感傷に浸る暇もなく次から次へとパワフルな子供たちの対応に追われ、気がつけば夜になっている。
 
 そんな日が続き、あっという間に一週間が過ぎていた。

 今日もヘトヘトになりながら帰途に着く。
 楓の自宅アパートは、駅から徒歩五分と割合好立地だ。アクセスを優先した結果、築三十年という築古物件でちょっと寂れてはいるが。
 
 絢人からは何度か「あんなボロいアパート、早く引っ越せ」と言われたのだが、そんなお金はないので聞き流していた。彼の自宅マンションは保育園のある二見商事の本社ビルの徒歩圏内にあり、正直羨ましかった。

(また思い出しちゃった……忘れなきゃなのに……)

 ため息をつきながら、アパートの外階段を登っていく。
 二階の外廊下が視界に入った時、楓はある異変に気がついた。
 自宅の玄関扉の前に、何か大きな物影が鎮座しているのだ。
 
 驚きのあまり、楓は足を止める。
 よく見てみると、それは人だった。黒いスーツを着たその人は玄関扉に背をもたれ、立てた膝に額を乗せて項垂れている。
 
 どう見ても怪しい。
 
 怯んだ楓は、来た道を戻ろうとした。だが、運悪く小石を蹴ってしまい、カツンと壁にぶつかる音がコンクリートに反響する。
 
 その音で不審者は顔を上げ、階段の途中で立ち止まる楓を見た。楓もまた、その人物の顔を見留め、そして瞳を大きく見開いた。
< 34 / 39 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop