俺様御曹司からは逃げられません!

2nd contact

 衝撃のひったくり事件から一ヶ月。
 楓は今日も今日とて事件現場の歩道の脇に立ち、少し目尻の上がった大きな目を皿にして道行く人を観察していた。

(全っ然、見つかんない……)

 今日もいないかーとガックリ肩を落とす。
 楓のお目当てはひったくり事件で助けてくれた、あの親切なイケメンだ。もちろん貰ったお金を返すためである。
 
 彼は「はした金」と言っていたが、楓にとってはそうじゃない。
 あんな大金を貰ったままなんていうのは恐れ多すぎて気が気でならず、己の心の安寧のために一刻も早く返したかった。

 そういうわけで身辺が落ち着いてからというものの、今日のように毎日仕事終わりに事件現場の歩道で彼を待ち伏せているのだ。
 
 初めは、この辺りに勤めていそうだったし、さほど時間はかからずに見つかるだろうと高をくくっていた。
 しかしその目測は甘かったと、今や認めざるをえなかった。
 
 待ち伏せし始めてからもうすぐ一ヶ月が経つが、後ろ姿どころか片影すら見えない。
 来るかも分からない人をひたすら待ち続けていると、肉体的な疲労も相まって無性に心もとない気分になる。

(もう諦めた方がいいのかも……)

 芳しくない状況につい弱音がこぼれる。するとお腹がひもじさを訴えるようにきゅうっと切なく鳴いた。
 
 脳梗塞で倒れた母の高額な入院費の支払いに加えて、ひったくりのせいで余計な出費を余儀なくされた楓の家計は絶賛炎上中だ。
 そのため食費を極端に切り詰めていて、職場で食べる給食以外は豆苗をご飯に乗せて醤油をかけただけの豆苗ご飯でしのいでいる。
 おかげで常に空腹と戦っていた。

 ひもじさを自覚すると、先程よりも強く胃が収縮するのを感じた。
 満たされていない状態では気持ちもみるみるうちに後ろ向きになっていく。

 もしかしたら彼はこの間たまたまここを通りかかっただけで、もう会えないのかもしれない。
 でもそうしたら、過剰な施しを受けてしまったこの後ろめたさをどう解消すればいいのだろう。
 
 徒労感がずっしりと頚椎にのしかかり、その重さから楓は項垂れて嘆息した。
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